Kan-Kan の雑記帳


2003年8月28日

 判決は当然としても、被告のあの態度。遺族はたまりません。それにつけても思い出すのは、事件当時のある人の行動。

 東京の60才の女性。一人で、地道に働き続け、定年を迎え、職場の仲間や友人達に暖かく送られて退職。その感謝を込めて、一生一度の晴れの振る舞い、それまで自分を支えてくれた親友達を都内の一流ホテルのディナーに招待した・・・ここまでは、まあよくある話。

 パーティの当日、池田小の事件を聞いて、彼女はちょっとだけ迷って、そして、一人でホテルに赴き、十数万円のキャンセル料を払い、友人達にパーティの中止を連絡した。それだけの話。でも、胸をつかれました。

 幼い子供を強殺して居直る人間、殺された子とその遺族の哀しみを自分のことと考えることが出来る人間。人間の愚かさ、すばらしさ・・・。そんな地球を火星が見下ろしています。あの女性は今、どうしていらっしゃるでしょう。

2003年8月27日

 火星の大接近。酔眼で見たせいか、火星が2個に見える。いやこれは最近進んできた老眼に伴う乱視のせいと、思い直し、目を細めると、赤い星が一個。来週が観測にはいいようですが、再度再接近する6万年後には人類はここにいるのでしょうか。

2003年8月21日

 冷夏のまま秋に突入かと心配していたら、授業開始に合わせて,きっちり残暑が戻ってきました。アツイー!そんな時においしいのはもちろんビールですが・・・。冷酒もですが・・・。あえて、今年の夏の味覚の収穫は、赤紫蘇ジュース。クエン酸も入っているけれど、独特の風味があり、鉄分もたっぷりあるので、貧血気味の嫁ハンにはぴったり。でも、ほとんど私が飲んでしまいました。

 ラグビー部の合宿に菅平に行っていた友人が土産に持って来てくれた高原レタス。ラップしてよく冷やしておいて、ローストビーフを巻いていただく。めちゃ爽やか、歯ごたえサクサク。やっぱりビールがおいしい!この一ヶ月で2キロ太ってしまった!

2003年8月18日

最近読んだ本
「吾れ老ゆ故に吾れ在り」  波多野完治

 明晰な頭脳も、やはり90才を超えるとはっきり衰える。その自覚が薄いとさらに困る。老人の生と性を描くと言いつつ、どれも中途半端。人生のどのあたりで前線から撤退するか難しいものですね。

「浜村淳のお話大好き」

 独特の話芸は評価するけど、それを文章として読むのはまた別。映画、古代史、源氏物語と話は散漫。言いたいことがいっぱいあるのはわかるけど・・・。

「ん」まであるく   谷川俊太郎

 エッセイ、インタビューなどを網羅して、日本を代表する詩人のさまざまな面がうかがわれるのは嬉しいが、これも半端。特にインタビューはひどい。特に女性の魅力に関する質問が陳腐で、詩人に失礼だ。

「冬の蜃気楼」  山田太一

 山田太一の自伝色の濃い青春小説。昭和20年代末、全盛期の陰りの見える映画撮影所に、助監督として入った主人公が巡り逢うニューフェイスの美少女と演技のとことん下手な中年の俳優。2人に翻弄されつつ社会を、人間を知ってゆく青年。32年を一気に飛ばして、3人を巡り合わせる結末がほろ苦い。

 

2003年8月17日

 今年の夏の怪我は2カ所でおさまりそうです。

 帰省していきなり火傷。畑でごみを燃やそうと(故郷の村には、まだごみ回収車は来ていない)、なにげなく右手でマッチを擦った途端、左手のマッチ箱の中の残った数十本の軸に引火して、バッという音と共に左中指に激痛。家に飛んで帰り、水で冷やすがみるみる火ぶくれに。しかし、そこは田舎。病院はないが、火傷専用のアロエ(葉が広く、白い斑点あり)がいっぱい生えてます。終日、アロエで指を包んで湿布しておくと、あら不思議、3日でほぼ完治。滲みて痛かったのは最初の夜だけでした。あのアロエはもらって帰るべきでした。それにしても、小学校の理科の実験の時、マッチの擦り方で注意を受けたのに・・・。

 庭木の剪定で、この夏も2日間は空中に滞在。年々バランス感覚が衰えてゆくので、正直不安。庭が崖に面しているので、10メートル以上の高さの所も多いのです。つい枝や幹にしがみつくことも多いので、胸や腹に擦り傷、切り傷が多数。背中の爪痕ならかっこいいのにとほざいて、嫁はんにどつかれる。しかし、傷の場所が場所だけに、治りにくいし、汗をかいても、シャワーを浴びても滲みるので、これが辛い。

もっと京都

 8月某日 京都中書島。伏見桃山から龍馬通りを南下して、酒蔵が側に並ぶ運河を渡ると、昔ながらの狭い路地が縦横に広がる地区にぶつかります。少しずつ変化しているけれど、昔の面影を残す建物やそのイメージに合わせた店も多い。そのうち一軒、料亭「くれ竹」で義兄に夕食をごちそうになる。

 瓦葺きの低いが落ち着いたたたずまい。座敷でなくカウンターを希望する。畳の部屋の半分がカウンターになり、腰掛けて座れるようになっている。向こうは一段下がった土間で、数人の職人さんがきびきびと動く。それを眺めるのが好きなのです。京都ならではの湯葉料理と、季節のものとして、無花果を使った何品かをいただく。酒はもちろん地元、伏見の地酒をぬる燗で。終電ぎりぎりまで飲んでしまいました。

2003年8月8日

 台風が近づいています。このなんやそわそわする高揚感はきらいではありません。

 さて、夏の朝の気持ちよさはなんとも言えないものですね。早朝4時過ぎに、窓をすべて開けて6時過ぎまで、風に吹かれながら朝寝する楽しみ。こたえられません。

 3日の朝の座禅も気持ちよかった。蝉の声を遠く聴きながら、意識がすーっと深まってゆく。初夏もいいけど、早朝座禅は真夏、そして真冬こそ。

最近読んだ本

「シッピング・ニュース」  アニー・プルー

 1993年度、全米図書賞、94年度ピューリッツァー賞をW受賞したアメリカ文学近年の傑作。昨年映画化されて話題になりました。全39章の冒頭それぞれに、船での紐などの結び方が書いてあり、それがさりげなく内容に絡んで行く。ある章は、氷の割れ目に落ちた人を救う時は、握手の形でなく、手の指を曲げて鉤のようにして引き上げると…なるほど。
 浮気性の妻は事故死、両親は借金を残して自殺、勤めている三流新聞からは解雇された冴えない30男の主人公が、残された2人の娘と唯一の親族、叔母と共に、父祖の地、ニューファンドランドに帰り、地方新聞の港湾(シッピング)ニュースを担当しながら、厳しい自然と個性的な人々の中で、いつか癒されてゆく。
 人間の再生がテーマといわれますが、湾の中を氷山が傾き揺れながら漂う、想像を絶する厳しいニューファンドランドの自然こそが本題であるように思います。読み応えあり。

「薔薇色の人生」篠沢秀夫

 「ラビアンローズ」はシャンソンの名曲だけど、それをモチーフにフランス文学専攻の筆者が人生観、社会観を語る。学習院育ちの高ピーなところが鼻に付くけど、学童疎開で苦労している分だけ、ちょっとましかも。フランス革命を経ても、猶今に残る階級意識。家に居てもネクタイをしているブルジョワはタクシードライバーやレストランのギャルソンと丁寧に話をするが、なじみになっても握手をすることはありえない、チップは指の間に挟んで、相手の掌の上に落とす…階級感覚が薄れている点では日本がフランスよりはるかに革命的だと、うーむ。

 

2003年8月7日

 6日の記事への追加。炎天下のクラブ付き添いに疲れ果てて、午後9時前に帰宅しました。シャワーを浴びて、テレビをつけると、「さだまさし長崎コンサート」のクライマックス。6日のヒロシマへの原爆投下の日に、9日ではなくナガサキからメッセージを送る・・・その発想が見事です。それを続けることも。

 毎年聴いてますが、聴衆の中には十字を切る人、指を組んで祈る人も。ナガサキです。ことしは「風に立つライオン」を聞き逃しました。

 58年前、亡き祖母はこの朝、故郷愛媛のミカン山から、上空はるかを飛ぶ一機のB29(後でエノラ・ゲイと知る)を、その後、沖にすごい光を見たそうです。それがヒロシマへの原爆投下だったのです。その話を毎夏帰省の時に聞かされました。今年もよく晴れた8月6日の朝でした。

2003年8月6日

 やっと本格的な夏が来ました。その空の下で硬式テニスの総体予選が繰り広げられています。勤務校が予選会場となったので、早朝から終日、付き添いと運営です。今日で2日目。熱中症に注意しつつ、なんとか毎日ブロックの予選決勝まで行えるよう・・・真夏の大会はどの競技も運営が大変です。今日は日没でテニスボールが見えるぎりぎりの7時過ぎまでかかって、決勝にたどり着きました。

 暑い中、しんどい中でやる分、個々の個性がよく見えます。声の出し方、ボールの拾い方、送り方で人間性が測れます。天性の運動神経に恵まれて、すごいボールを打つ選手より、ひたむきにボールを追う、マナーのいいプレーヤーに内心拍手と声援を送ってしまいます。今日の決勝でも、負けたけど、見学の為に残っていた選手が、自主的にボールパーソン(ボール拾い)を引き受けてくれて、進行に協力してくれました。そんなのを見ていると、若い人っていいなあと思ってしまいます。予選は後一日。それから本戦。レベルの高い大阪で勝ち抜くのは大変です。甲子園も始まります。

大阪ええとこ

老松通り

 友人の書家、山本添山の個展が西天満の「現代アートギャラリー」で始まりました。個展前日の搬入と、個展3日目に行って来たのですが、この通りはいつ訪れてもいいなあ。画廊や古美術商が軒を並べ、独特の落ち着いた雰囲気です。思いがけないところに、洒落た喫茶や飲み屋があるのもいい。それも安い!南森町からより、東梅田からアメリカ領事館の脇を抜けて行った方が便利と、今回気が付きました。 

2003年8月2日

 「おもしろうて やがて哀しき  ・・・」芭蕉の元の句は「鵜舟かな」ですが、「・・・」に何を入れても通用するところが名句の所以かも。「花火かな」はもちろん言えます。PL花火芸術を、今年も義父母の住むマンションの8階の部屋から見ました。

 花火が始まる前の野球中継で、ダイエーがガンガン打つのに煽られて、ビールを飲み始め、花火が始まった頃に冷酒に変わり、それから焼酎のお湯割りで・・・肝心の花火後半はほとんど憶えていないという体たらく。でも、今年は色がはっきりしていて、大玉の先端にまで濃い色が残って見事だったような記憶が・・・。好天にも恵まれました。風向きは東側の人がお気の毒でしたね。

 滝谷不動の旅館街に宿泊している、全国から集まってきた花火師さんたちは、花火が終わってから朝方まで宴会すると聞きました。すごいやろなあ。

 PL教団に勤めている友人は、当日は全世界から集まってくる信者さんの接待、2日は朝5時から打ち上げ会場となったゴルフ場で薬莢拾いがあるとか。ゴルフ場の営業があるもんね。こちらも大変。

 友人の書家、山本添山の書道展が4日から10日まで西天満、老松通りの「現代クラフトギャラリー」(06-6361-6088)であります。今が、準備、最後の追い込み。今日、様子を見に行ったら、ちょっとやつれてました。それぐらいの打ち込みよう。篆刻、印、陶板など、真摯な作風です。明日の搬入は手伝うつもり。お時間があれば見てやって下さい。



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