Kan-Kan の雑記帳



2008年10月31日
 
 10月も過ぎてゆきます、このスピードはだれにも止められない。年度末まだあと何日と書いている日めくりも150を切りました。
 
 夕刻、20年来の友人と歓談。あっという間に3時間。でも、最新芸能界情報も一杯仕入れて、楽しい時間でした。
 
 嫁ハンはハロウィンパーティ。 仮装パーティらしいのですが。どんな格好をしてゆけばいい?と相談されて、素顔で行けば魔女になるのちゃう?と応えてバシン!
 
 簡単な黒い尖った眼鏡や、携帯目隠しで充分と言ったのだけれど、先刻電話したら、マリーアントワネットが何人もいるわ、と怯えた口調。
どうなりますやら。私はうちでひとりで一週間ぶりの夕食。ダイエット競争で、この間、夕食を抜いていたのです。今回は無事クリアしたけれど、毎月5キロ減らしてすぐ4キロリバウンドという生活には、やはり無理があるみたいです(苦笑)。
 
 1年前に北陸の町から緊急避難(これは無条件受け入れ)してきたKくん。お父さんのDV(家庭内暴力)から逃れてきたのだと聞いたけれど、マジメに頑張っていたけれど、ここんとこ毎授業、居眠りをしている、今日は気分が悪くてトイレに。来春卒業できるはずやろ?どうしたん?卒業後、どうすんの?と授業が終わったあとに訊くと・・・。
 
 卒業の目処は立って、今はアルバイト(お好み焼き屋)に力を入れてます。 (深夜まで働いている由・・・。)
  
 故郷に帰るの?
 
 ええ、じいちゃん、ばあちゃんもいるし・・・地元の専門学校に入って医療関係の仕事を目指すつもり。
 
 お父さんは大丈夫?
 
 僕もそろそろ自立出来るし・・・。専門学校の入学金を溜めなければと思って・・・。
 
 無理したらあかんで。体、壊したら、元も子もないで。
 
 うん、でも、店でお客さんに酒を勧められて困っているんです(彼はゴルファーの石川クンに似ているイケメン。店では「りょうちゃん」と呼ばれているらしい)
 
 「未成年ですから」と言うてもあかんか?
 
 相手が大阪のおばちゃんですから・・・。
 
 そうやろなあ。そういう時はな、「いただきます」ちゅうて、グラスに注いでもろて、乾杯して、口つけるまねして、相手がトイレに行ったり、食べて俯いている隙に「流し」ヘちょいっと捨てるネン。一気に捨てたらアカンで。ばれるから。ちびちび捨てて、また注いで貰うたらええ。
 
 あ、そうか。センセ、なんでそんなこと知ってんの?
 
 俺も飲めなくて苦労したからなあ(ウソです)。
 
 え?でも○先生も△先生も、カンセンセは根っからの飲兵衛やと言うてたけど・・・。
 
 何?あいつら作り話してるねん(ウソです)。世の中渡ってゆくにはな、ある程度の自分を守るための、相手に迷惑をかけない程度のごまかしやウソが必要な時もあるんやで。
 
 そうかー。センセ、授業より参考になりました(コレコレ)。
 
 座敷林の美しい北陸の町に、彼も帰って行くのでしょうか?いつかアホな教師の戯言を思い出すこともあるでしょうか?
 
 夕刻、苦情電話。オタクの生徒が公園で食べ散らかし、オートバイで走り回っています。自転車で駆けつける。ほとんど授業に出ていない在籍生徒、退学した元生徒、その友人のフリーター達。
 
 もう聞く耳を持たないメンバー。時間をかけて話して解散してもらう。それにしても公園の公衆トイレの前でカップラーメンを啜る神経が理解できない。彼らが食べ散らかしたものを拾って帰る。バケツ2杯分。これも仕事。
 
 明日は伯父の50回忌、明後日は叔父の13回忌。どちらにも帰れません。優しかった伯父が亡くなってもう50年です。田舎ではこれが大きな区切り。7人の内、5人の男兄弟はみんな戦争からは生きて還ってきたけれど、伯父は腎臓の病で、叔父も癌で。
 
 残った5人は仲良くて元気。明日明後日もたっぷり飲むことでしょう。一番年上の酒豪の伯母(94才)の酒量が最近減ったというのが故郷の話題で、心配ですが・・・。当然ですね(笑)。
 


2008年10月30日
 
「あはれ子の 夜寒の床の 引けば寄る 」  中村 汀女
 
 子どもが小さかったころの寝姿って、思いだしても愛おしくて、頬が緩んできます。
 
 テレビでミャンマーの難民の現状を報道していました。故郷に帰れるあてがまったくないので、カナダへ移住することにした人々。老いた母は難民キャンプに留まることを決意、若い息子夫婦を送り出す。慌ただしい永遠の生き別れ。バスがキャンプを発ってゆく・・・。
 
 いろいろ思うこともあるけれど、安定した平和な日常を送れている自分を省みるのはこんな時。ちょっとした募金を送ることしかできませんが・・・。
 
 最近印象に残った言葉
 
 「芸術家は最期の息を引き取るまで創作に努めなければなりません」 チェコの詩人 サイフェルトの言葉
 
 緒方拳さんもそうだったのでしょうか?「風のガーデン」名演です。そして森光子さんも演じ続け、田辺聖子さんも書き続けられるのでしょう。
 
2008年10月29日
 
 信じられないようなクレームをつけてくるモンスターペアレントがまた出てきました。私は直接関わっていないのですが、担当されている先生のご苦労、ご心労はもう・・・。大きな自分の非は認めず、相手の小さな瑕瑾をひたすら衝いてくる。相手が自分のことを考えてくれていても関係なし。警察に対してももちろん同じ。
 
 まともな神経でやって行くことが大変な時代です。敏感さと鈍感さを使い分けてゆかないと壊れてしまいます。
 
 我がクラスの女生徒。今日母親と授業料を持参。これでやっと退学手続きをすることが出来ました。1年間辞めたいといい続けてきたのですが、父親が許さなかったのです。ほとんど学校に来ず、親子もケンカばかり。懇談しても、どうして親は私が登校を嫌がって金もかかるのに、なんで退学を認めてくれんのやろ?わからへん、とぼやいていました。俺はお父さんの気持ちようわかるで、バイトも1週間と続かず、中途半端にフラフラして遊んでばかりおったら、親は心配するのが当たり前。なんとか学校に籍でもあれば、いつか立ち直るかと期待してはるんやで。せめて、遊びを控えて、きちんとバイトを三月でも続けてみいや!と説得、父親とも話して、しばらく様子をみましょうということになり、ここのところバイトをがんばっているのを見て、親もやっと退学させる臍を固めたのです。ところが授業料が納まってなかった・・・。
 
 それでもきちんと払って辞めていったのは当たり前とはいえ、まともな方。あえて払わず、未納で除籍になるのを選ぶ家庭も多いのです。一緒に個人ロッカーを整理して、(きちんと紙袋を持ってきていた、これも珍しい。母親がえらい)二人を校門まで送り、笑顔で別れる。若い時のような感傷や後悔はありません、これでよかったのだと思います。高等学校に向いていない人物もいます。
 
 呆れたのはあるクラスの親。辞めますと手書きの退学届けを送ってきてそれっきり。もちろん辞めることも出来ません。連絡もつきません。
 
 そんなばたばたの中で校内スポーツ大会、担当したテニスとバレーボールの部門で、公式ゲームのあと、ちょこっと生徒と親善試合。楽しい汗をかきました。
 
 田辺聖子さんの文化勲章は素直に喜びたい。関西在住作家の星でもあります。しかも老いても意気軒昂。愉しみつつきれいに年を取ってはる。素敵だなあと思います。
 
 最近読んだ本
 
「わが心に歌えば」「時を呼ぶ声」 久世光彦
 
 最近久世さんに嵌っています。感傷的でシャイでちょっと不良で・・・。昭和の青年という感じがあります。一番感じやすい時に戦争、戦後を過ごし、民主主義の洗礼やアメリカ文化をたっぷり享受しながら、染まり切れていない、そして失われてゆく日本の良さのいい部分を残している。
 
 その微妙な感じを50代後半から一気に書きまくって、書き残して、あっという間に去ってゆきました、書き急ぎ、生き急ぎ、文章にもそれが溢れていて悲しくなります。


2008年10月28日
 
 冷え込んで爽やかな秋晴れの朝。石川の土手で雲雀が鳴いていました。大和川の上空に何百羽という黒い鴨が群れ飛んでいる。雁行しながら下流に移動。明治橋の上あたりで一斉に着水。壮観。これは冬鳥の先陣グループなのでしょうか?
 
 昨夜7時過ぎ、南区の居酒屋でガス爆発。9時のテレビニュースで、ガラスが飛び散り、煙の立ち込める一帯と走り回る警官たちを写している。あの中にうちの下の息子がいるのでは?とテレビにかじりつく。
 
 夜更けて、お前とこ?とメールすると、後ほど、当たり、今、現場保存から帰ったところです、という返事あり。けが人はあったようだけれど、死者がでなくてよかった。息子も怪我無くてよかった。
 
 ああいった事故の時、避難した客は支払いに帰ってくるのでしょうか?東京は帰ってくる、大阪は帰ってこない、という話を聞いたことがあります。災害に乗じて逃げるのは卑怯だという東京の論理。帰ってきても受け取るはずはないのだから、帰ってくるのはカッコつけという大阪の論?。
 
 今日、息子に訊いたら、当時いたはずの客はやはり半分以上見つからなかったそうです。怪我した人もいたろうに・・・(苦笑)。
 
 ホテルマンの上の息子は終電で1時過ぎに帰宅、5時過ぎの始発で出ていったみたい。体が保つのか、心配。
 
 急な気温の変化もあってか体調が不良です。すぐに疲れて、体が重い。今夜はテニスで汗をかいて、その後はひたすら寝ることにしましょう。
 
 最近読んだ作品
 
「息子と恋人」 赤川 次郎
 
 息子の恋人を殺して12年の刑に服し、出所した元テレビキャスター、工藤彩子。迎える刑事宇野と女子大生夕子の探偵コンビ。12年前の事件に不審を感じていたのだ。案の定、出所した彩子が襲われる・・・。
 
 展開はミエミエなのに、もう数十年、赤川さんはきちんとミステリーを書き続けて、えらいと思う。


2008年10月26日
 
「 柿食ヘば 鐘がなるなり 法隆寺 」
 
 今日は「柿の日」だとか。子規がこの句を詠んだ日なのだそうです。明治20年代の斑鳩はさぞ風情があったことでしょう。ちなみに「食ヘば」は已然形プラス「ば」ですが、一般的に言われる「理由原因を示す確定条件」ではなく、この場合は「偶然的条件」。「なり」も断定の助動詞ではなく、「伝聞推定」のなりで、有名な句ですが、文法的にはレアケースなものです(国語の教師みたいー苦笑)。
 
 たまたま、店先で柿を食べていると、鐘の音が響いて来て、秋空を見上げ、ああ、ここは法隆寺なんだなあ、と嬉しい溜め息をついている感じですね。
 
 熱戦果てて、クライマックスシリーズ、巨人の優勝、西武との日本シリーズを控えプロ野球が盛り上がっています。原監督の胴上げ、嬉し涙を見つつ、それにしても、岡田監督が気の毒です。阪神の敗退を「道頓堀の平和が保たれた」と喜んでいた下の息子も、最近は同情的。人の運命はわからないもの。阪神優勝グッズを大量に作った業者も大変なことになっているようです。来年使えるか?年度や岡田の文字を変えるのは大変だそうです。
 
 上の息子が四国から帰還。おばあちゃんは15センチずつしか歩かなくなっていた、と報告。息子の後を追って、またみかんや小芋、柿、檸檬が宅急便で届けられました。土産を持たせたいが荷物になると思ったのでしょう。ありがたい。
 
 帰ってきた息子が見ていたBOAとかいう歌手のビデオ。歌はもちろん、ダンス、衣装、セット、照明・・・手間、暇、金すべてしっかりかかっている。最近のミュージックビデオはすごいなあと言うと、いや、歌手によって違うんだよ、と息子。それはそうだろうなあ。
 
 「風のガーデン」第3回をやっと見ました。まだ序章といったところですが、ドラマとして緊張をはらんで今後の展開に期待をもたせます、倉本さんの脚本独特の臭みはありますが、俳優陣がみんな力演。流石です。
 
来る人、行く人
 
三浦皇成(騎手、18才)
 
 話題の天才騎手。平成生まれ。今春デビューですで70勝。とにかくスタートがウマイのだそうです。ポジショニングがレースを支配するんだ・・・・。なるほど。すばらしい調教師がついて面倒をみているという、やはり伯楽あり。
 
向田せい さん  (向田邦子さんの母上、100才)
 
 邦子さんが亡くなって27年。「父の詫び状」で知れれるように、お父さんとのあれこれが有名でしたが、やはりこの母にしてこの娘ありでした。家族をモデルにしたといわれる「あ・うん」でも控えめだけれど、魅力ある女性として描かれていました。テレビドラマで左時枝さんが演じていたのが忘れらない。100才と言えば、明治生まれのはず。明治・大正はもちろん、向田邦子さんが描いた昭和も遠くなりつつあります。
 
最近読んだ作品
 
「沢村校長の晩年」 佐藤愛子
 
 私立女子高の校長を永年勤め、退職した主人公、沢村は数々の趣味を経て、今は一人碁を愉しむ75才。数年前に妻を亡くしているが一人の生活を楽しむ余裕もある。それを乱すのが家政婦の光江。善意に満ちたお節介で沢村の心と生活を乱してゆく。
 
 沢村の案じる嫁の立場から描かれるが、ブラックユーモアに満ちて、切ない。佐藤愛子さん、老いたりとはいえ、人物描写は的確です。
 
最近見た 舞台
 
「放浪記」
 
大阪公演2日目に行ってきました。今年末で一時閉館になるフェスティバルホール。満員。おりおりの舞台中継はテレビで見ていたけれど、生は初めてです。
 
 失礼ながら、これが見納めという覚悟で行きましたが、そんな思いの大観衆はやはり森光子さんしか見ていない。そしてやはり気の毒な舞台でした。なんといっても87才(うちの母と一緒)。それを思うと「でんぐり返り」こそ封印したものの、動きは「後期高齢者」にはとても思えません。
休憩を入れて3時間45分、5幕の舞台の真ん中に立って舞台を支える。
 
 でも・・・やはり足取りは覚束なく(2度ふらつかはった)、セリフは聞き取りにくく一本調子。若いときの明るくおきゃんで飛び跳ねている彼女を知っているだけに余計残念です。
 
 もともと長い芝居を刈り込んだ舞台だけに、ダイジェスト版の雰囲気。お約束の名場面を連ねる歌舞伎の公演の趣。二千回近い公演の中で磨かれた照明、音楽、セット、人物の出し入れはツボに嵌ってはいます。でも、それで林芙美子の原作や人物が描かれているかというと、やはり疑問です。「放浪記」でも「林芙美子」を描いたのでもなく「森光子」を見せる芝居になってしまっていました。
 
 助演陣は好演。山本学、米倉斉加年が軽妙。斉藤晴彦の菊田一夫も本人そっくりですが、この舞台の最初の製作者、菊田一夫を知っている人が今何人いるでしょうか?誇張した物まねも効果はイマイチでした。特筆すべきは、ヒロイン芙美子の恋と創作のライバル、日夏京子役の山本陽子。私は奈良岡朋子、黒柳徹子の役で見てきましたが、美女であり、「女」を感じさせた点は山本陽子さんです。知性の奈良岡、愛嬌の黒柳といったところでしょうか。儲け役でもあります。
 
 幕切れのシーン、成功した芙美子に群がる親族やもろもろに冷たくあたるシーンの森光子の演技は流石です。でも、たったひとりの思い入れたっぷりのカーテンコールは長すぎました。
 
 そして、フェスティバルホールはこの作品には広すぎる。やはり「東京芸術座」の手狭で濃密な空間でこそ生きる演目ではなかったでしょうか。それにやはり客を圧倒する主演女優のパワーが必要な舞台です。中村勘三郎が、姉(波野久里子)が森先生はすばらしいが、次は大竹しのぶの主演で見たいと言ったと、自伝でばらしていましたが、同感です。ちなみに勘三郎は姉に、自分でやればいいのにと言ったそうです(笑)。
 
 ボックス席一万二千円からB席八千円まで。高い!一回でざっと三千万円の大きな興業。森さんの取り分はいくらになるのかと下世話な話をしながら雨の中之島を帰りました。
 
 開業したばかりの京阪中之島線、ウッディな構内はきれいでいいけれど、階段がまぶしすぎ、地上出口の建物も木小屋みたいでいただけません。
 
 もちろん最後は阿倍野で脱線、舞台を肴に言いたい放題、(これが観劇の楽しみ)飲み倒して沈没してしまいました。


2008年10月23日
 
 「 満ち潮に なほ満つ力 鳥渡る 」 読売俳壇 佐賀市 栗林さん
 
 満ち潮の勢い、自然の底知れぬ力を感じさせられます。空には鳥が・・・。この間帰って行ったと思った鳥が、もう渡って来ます。
繰り返される自然の反復、営み・・・。
 
 夕食を抜くダイエットの反動か、体が重くて、だるくて・・・なんとか授業、会議を終えて、帰ってきました。やはり無理はいけません。あきらめて?発泡酒一缶呑みました。とたんに元気になりました(苦笑)。
 
 上の息子は4連続の早朝勤務を終えて、連休がもらえるというので、帰宅するやいなや飛び出して、四国へ向かいました。南港から今夜のダイヤモンドフェリーに乗るのです。両親、弟夫婦は急な知らせに大喜びで、弟が朝5時半に今場港まで迎えに行ってくれるとのこと。申し訳ないやら、ありがたいやら・・・。
 
 行く人
 
森田 誠吾さん ( 作家、冠不全 82才 )
 
直木賞受賞作「魚河岸物語」だけしか読んでいません。でも、直木賞受賞作の中でも心に残る作品でした。
 
 
ジェイムズ・クラムリーさん(アメリカのミステリー作家 9月某日死去)
 
 ハードボイルド作家。彼の物語の主人公達は、溺れるほどに酒を飲み、悪いクスリ、悪いケムリ、しかし、精神は気高い。
 
「メキシコのリュウキュウガモ」の主人公、CWはバーテンダー。店の名は「シダの酒場」。
 
「彼は酒場を閉めた後も、長い間カウンターの中に立って、ぼんやりと昔を思うことがあった。ハンク・スノウの『アイ・ドント・ハート・エニモア』を聴きながら、過ぎた昔に失った愛やチャンスを、グラスを通して降り返る時間だった」
 
 うーん、ええなあ。「Kan’s bar」もかくありたい。『アイ・ドント・ハート・エニモア』は「涙も枯れて」と訳するそうです。
 
 最近読んだ本 
 
ローマ人の物語  23  塩野七生  
 
 毒舌の詩人、マルティアリスは不思議なことに、孤独な皇帝ドミティアヌスの庇護を受ける。皇帝の暗殺後もなんとか数少ない友人の援助で、故郷のスペインで余生を送るべく帰省する。ところが作家生命である創作意欲が減退してしまう。
 
 あれほど笑いのめした混沌の街、ローマの持つ「毒」が詩人には必要だったのです。同時代人の評価はイマイチだったが、彼の作品は2000年後の現代にまで残ったのです。
 
 「人生を愉しむのは明日からにしよう、だって?それでは遅すぎる。ポムツゥムスよ。愉しむのは今日からであるべきだ。いや、より賢明な生き方は、昨日からすでに人生を愉しんでいる人の生き方ですよ」


2008年10月22日
 
「 嫁妻母 そしてばあちゃん 韮(にら)の花 」 新聞読売俳壇から  佐賀市 栗林さん
 
 女の一生 苦労もあったけど、今の幸せ お孫さんが身近にいるのですね。
 
 四国の弟からミカンが届きました。まだ青いけれど、いい香りが部屋に漂う。今日は9年前に中国で死んだ姪の月命日。夜8時。今頃、仏壇の前で、両親、弟夫婦が手を合わせていることでしょう。
 
 一昨日の記事の上海の歴史的建造物のところで、「建築技術」は「建築様式」の書き間違いでした。
 
 昨日のタカラヅカ「安蘭けい」さんの記事で、あたかも順風満帆のスター人生だったように書きましたが、今日の新聞で、宝塚音楽学校へ4度目の試験で合格と知って、その屈折と苦労を思いました。(宝塚音楽学校は15才から18才までが受験資格、すなはち最後のチャンスを掴んだわけで、ずっと年下の上級生に仕えてきたんだ)
 
 最近読んだ本
 
「赤めだか」 立川 談春  
 
 嫁ハンの音楽仲間に談志の友人がいて、この本を紹介されと言って買ってきました。「腰巻き」に2008年度講談社エッセイ賞、「本の雑誌」上半期エンタテイメイト部門ベスト1とあります。知らなかった!
 
 「赤めだか」とは談志の庭で飼っている小さな金魚のこと。天才の下でうごめく自分たち弟子の比喩でしょうか。軽妙に運びながら,実は
厳しい落語の世界と、そこを生き抜いて来た談春自身の姿をシビアに描く。
 
 それにしても、弟子たちの対して連発する談志の叱責、アドヴァイスの言葉の数々。やはりただ者ではありません。
 
 「『落語とは人間の業の肯定である』。よく憶えときな。教師なんてほとんど馬鹿なんだから、こんなことは教えねえだろう。嫌なことがあったら落語を聴きにこいや。あんあり聴きすぎると無気力な大人になっちまうからそれも気をつけな」
 
 中学の卒業前に上野鈴本で聴いたこの言葉が談春の人生を決めてしまう。志ん朝との違い、談志と小さんの師弟愛と確執も重層的に描かれる。面白いが読後感はどっと重い作品です。
 
最近知った言葉
 
 「 アルファ・ブロガー 」
 
 ネット上の目利き書評家。これらが「面白い」と紹介することが、本の売れ行きに加速度をもたらす。ただし、実は、彼らのブログ経由で本を購入した場合、ネット書店から一定の報償がもたらされる仕組みになっているのだそうです。新聞の書評だけでもすぐ影響を受けて読みたくなるええ加減人間の私は、アルファ・ブロガーには近づかないようにします。


2008年10月21日
 
「 新米の 其(その)一粒の 光かな 」 高浜 虚子
 
新米のおいしさ。おかずもいらない、その味。そして、そのかおり、輝き。今年もいただけるのは、ありがたいことです。
 
先日は、眼鏡をかけて、眼鏡を探していました。
 
今夜は、テニススクールに向かって、快調に車を運転。着いたらスクールでなく土曜日に行くはずのテニスコートでした。慌てて引き返してなんとかセーフ。
 
まったく・・・笑うしかありません。
 
でも、テニスは好調。2ヶ月のブランクがあったのに、なぜかと考えて思い当たったこと。久しぶりなので慎重によくボールを見て打っている。それより、なにより、ずっと痛んでいたテニスエルボーがすっかり治っている。肘が痛まないから伸び伸びプレー出来ているのです。これこそ怪我の功名。
 
最近気になった言葉
 
「残業ホタル」
 
 残業削減、定時消灯を実施する企業が増えてきて、フロア全体の蛍光灯が強制的に切られる。となると、サービス残業をしなければならない社員は、机の上に「マイ電灯」を点けて作業。そこだけぽつんと光っている情景をいうそうです。
 
 ひとごとではありません。学校も、すでに5時過ぎに冷暖房が切られている。そのうち消灯も時間の問題。で、居残るな、個人情報が多いから仕事は持って帰るなとお上はいう。そして、非常勤職員などの切り捨てで、ますます仕事は増えて・・・。
 
 毎日、家庭訪問などに追われ、モンスターペアレントに痛めつけられ、夜の11時から職員会議という中学校もあります。みんなばたばた倒れだしたらどうするんだろう?甥の小学校などで、若い先生がどんどん辞めているという話を聞くと、暗然たる思いにかられます。
 
 「醤油アイス」
 
 金沢で起こって全国的に拡がっているらしい。醤油に砂糖や澱粉を加え、より甘くして・・・アイスクリームにかけるの???
 
行く人 
 
 峰岸徹さん (俳優、肺ガン、65才)
 
 個性的な俳優でした。今年4月に肺ガン告知。5月の舞台降板。現在公開中の話題作「おくりびと」、これから公開される映画「その日のまえに」にも出演。最後まで出まくったのですね。
 
 井上 ふみ さん(井上靖氏の妻 エッセイスト、心不全 、98才)
 
 ご長命でした。井上靖記念財団の理事長。エッセイに「風のとおる道」。喪主をつとめるご長男がプール学院大の学長とは知らなかった。
 
 安蘭けい さん(宝塚星組トップ 来春退団を発表)
 
 1991年の「ベルバラ」が初舞台。その後歌える雰囲気のある男役で活躍。ベルバラではフェルゼン、アンドレ、オスカルを演じた。最後に「スカーレット・ピンパール」といういい役にも恵まれ、幸せな宝塚生活ではなかったでしょうか。
 
 阪神球団 岡田監督 辞任
 
 あれだけがんばったんだから、辞めなくていいと思うのですが・・。巨人に追いつめられた頃の負け試合の後、阪神ファンからの心ないヤジにキレたことがありました。あの時に辞任を決意しはったんじゃないかな。内から足を引っ張られることが一番こたえると思います。


 2008年1020日
 
 「 どん栗や 一つころがる 納屋の隅 」 子規 (明治25年)

 10月の半ばを過ぎたのに、まだ半袖を着ています。衣替えをさぼっていることもありますが、昨日今日の暖かさ、いや昼間はまだ夏の名残りの暑さかな。

 髪が長くなって後ろで括っていますが、これについては悩みあり。百均で買ったヘアバンドをしていますが、色は3種類。これだけ町にちょんまげならぬ髪を括った男が溢れているのに、男物の髪飾りというものがない。女性用はそれこそ掃いて捨てるほど(失礼)溢れかえっている。宝塚大劇場の売り場など、これで街は歩けまいと思うような極彩色のさまざまなデザインの髪飾りグッズで満ち満ちているのに・・。

 ロフトにもなく、とうとう阪急梅田のメンズ館でも尋ねたけれど、すみません、隣の阪急の一階の女性のアクセサリー売り場で地味なものをお求めください、だって。

 誰も地味なものなど求めていません。がっちりして、いろいろな色やデザインのものも欲しい。深紅なども使えると思う。これだけ多様なフアッションが溢れてボーダーレスの社会なのだから、ここのところも充実してほしい。男性のアクセサリーはまだまだ未開発の分野です。欧米ではパーティなどで男性もジュエリーをつける習慣(ネクタイピンやカフス、時計以外に)が定着しつつあるようです。スーツの襟元のブローチなど、きちんと嵌ったらかっこいいだろうなあ。でも、一歩違うとゲイっぽくなってしまいます。

 名優、宇野重吉さんは晩年、便利だからと普段着にスカートを愛用してはったらしい。(あまり見たくはないけれど・・・)アメリカ村ではスカートを穿いた男性が何人もいる。化粧品を含めてどんどん男性のお洒落も動いてゆくのでしょう。

 息子たち・・・流行には無関心で、私の古着を好んで着ている長男。ファッション誌を購読し、買い物には信頼できるお洒落な友人に付き合ってもらうという下の息子。なんでそこまで、と下の息子に問うと、何を着ていいのか、何が似合うのかわからないから不安やねん、と言う。そんなん、適当でええやん、という上の息子。うーむ。

 京阪中の島線が開通。歩いて40分程のところに駅がいくつも出来て、便利にはなったのでしょうが、終点の中の島、リーガロイヤルから南北へ向かうアクセスがあったら更にいいですね。中の島を中心に水の都を再生させようというのはええことだと思います。せっかくの豊かな流れ、立派な橋があるのに、水辺を生かしていないのは残念だと思ってきました。川床や水上レストラン、遊覧船などもってあっていい。道頓堀周辺ももっと整備して、大川と繋いでほしい。

 一転、京都は鴨川べりをうまく活かしているのに、橋が半端。三条、四条、五条の橋などはもっときれいにしてライトアップすればいいのに・・・。

 折角の歴史ある街。町家や歴史的建造物を含め、景観を大事にしながら観光にも活かしてほしいけれど、あの巨大な京都駅ビルや周囲とアンバランスなビル群を見るとさびしくなります。

 中国への旅 K

上海バンスキング その2

 5人組は夜な夜な怪しいところに出入りしていた気配。カラオケと言っておりましたが、女性の匂いがする。一番若い「青年団長」が朝食の席で、昨晩遅くロビーのソファで気がついたら、ホテルのスタッフたちが見下ろしていたのでびっくりしたとぼやいている。びっくりしたのはスタッフのほうやろ、と返したら苦笑。泥酔して深夜に帰館、部屋までゆくのが面倒だったのでしょう。

 5人なので3人と2人に分かれ、一番若いので、彼がエキストラベッドに寝ることになるのは私と同じ条件。ところが中国のエキストラベッドはちゃちなので、寝苦しいのがいやだったのでしょう。私も一緒にクレームをつけたのですが、直らない。最後の夜に私のベッドは足が折れて、私は床に転げ落ちました(笑)。

 夜のオプションは年配の友人のことも考え、あまり出かけないようにしていましたが、上海のナイトクルーズには出かけました。黄浦工の畔、歴史的建造物と、テレビタワー東方名珠塔(468メートル)や出来上がったばかりの上海ヒルズが河を挟んで向かい合う間を漕ぎ行く電飾をちりばめた遊覧船の数々。建物はそれぞれライトアップされて、さすがに世界的スケールの夜景ではありました。これは大阪も見習ってほしい。

 広島からひとりで参加されている70代の男性。20年前に奥様を亡くし、子供は独立、退職後は海外旅行三昧の生活で、中国は9回目とか。彼がバスを止めてトイレに行かはったことを心配して声をかけたのをきっかけに、親しくなりました。

 一緒に満員の遊覧船のデッキに凭れて、外灘(ワイタン)のかつて繁栄を極めた銀行、証券会社、貿易会社、ホテル、新聞社などの古い石造りの格式あるビル群を眺める。ネオ・バロック、アールデコ、新古典主義、ネオ・ルネッサンス・・・20世紀初頭に競って建てられたクラシック建築術の粋を集めた数々が並ぶ。これらの多くは今、複合総合ビルとして、おしゃれなホテルやレストランに内部改造されているのです。

 あそこで(そのひとつを指さして)昔、ジャズを聴いたものですよ。なつかしい。

 え?戦前の、あの上海に来てはったんですか?「上海バンスキング」の時代ですね?

 違います!!(笑)数十年前の話です。戦後ですよ。

 ああ、失礼しました。ジャズはやはりビッグバンドでしたか?

 そうです。今は新しいホテルに改装中みたいですが、も一度、あのクラブへ行ってみたいなあ。

  あまりに多い観光客に4階まである遊覧船は、30分で1、2階と3,4階の客を入れ替え。すごい混雑。整理するスタッフを押しのけて突入する中国の人々のパワー。でも、4階デッキから見た浦東(プードン)の超高層ビル群も迫力ありました。なんや、過去と近未来をタイムスリップしつつ、夢の中を彷徨っているようなナイトクルーズ、やはり上海は魔都なのかも知れません。



2008年10月19日
 
「 稲積んで 車押し行く 親子哉 」 子規(明治27年)
 
 四国の稲の刈り入れは先週終わったようで、昨日、今日が秋祭り。弟の嫁さんのお父さんが今春亡くなられたので、今年は秋祭りに参加できない弟夫婦は「お四国」へ出かけたようです。
 
 昨秋は帰省したけれど、今年はおとなしくしています。父もまだ元気で、秋の富士五湖めぐりをしたいと言って母を心配させているようす。ツアーではなく、気楽な一人旅をしたいらしい。心配してもきりがないよ、本人も納得しているんだから、なにかあってもええじゃない?行かせてあげたらと、私は無責任なアドバイス。結局近々出かけることになるようです。でも、携帯を持って行ってほしいなあ。
 
 秋晴れの一日、しっかり洗濯物も乾きました。夕方、藤井寺の「天然温泉」へ。今日は男湯には月一回の「酒風呂」が用意されている。
匂いも残っていないが、湯上がりにはぽかぽかして快い疲労感があります。女湯には「薔薇風呂」があるらしい。なんでや?一度は薔薇の風呂にも入ってみたい、と言うと、息子が「お父さんには似合わんわ!酒風呂がぴったし!」。確かにそうかも・・・。
 
 秋の夕日は釣瓶落とし。あっという間に沈みますが、地味な空が、その直後に鮮やかな色に変わったりするので油断できません。校舎を染める色で夕焼けを知ることもあります。夕日を眺める生活を望むのはまだ早いのかも知れません。
 
 「篤姫」を見ていて勝海舟を重厚に演じる北大路欣也に感慨を感じます。17日に映画村で見た懐かしい映画ポスター「父子鷹(おやこだか)」。市川右太衛門の演じる父、勝小吉が笑顔で見つめる幼い海舟を演じる欣也の横顔の可愛らしさ。映画初出演と〈〉付きで書かれていました。半世紀も前の話です。生徒達は、この子がソフトバンクの犬のお父さんの声の人?と驚いていました。
 
最近見た映画 

「パコと魔法の絵本」

 雑誌でそのセット、美術について紹介され興味を感じていました。鬼才、中島監督、個性的なキャスト達・・そして毀誉褒貶のある作品って余計にそそられます。
 
 『下妻物語』『嫌われ松子の一生』の中島哲也監督が、伝説的な舞台「MIDSUMMER CAROL ガマ王子vsザリガニ魔人」を映画化。変わり者ばかりが集まる病院を舞台に、1日しか記憶が持たない少女のために、大人たちが思い出を残そうと奮闘する姿をファンタジックに描く。役所広司、妻夫木聡、土屋アンナなど豪華キャストが出演。クライマックスで役者たちを3DのフルCGキャラクターに変身させ、彼らの生の演技と連動させていく大胆な演出に注目。(シネマトゥデイ)
 
 泣いた、感動したという評判ほどには乗れませんでしたが・・・鮮やかな映像とテンポのいい展開は悪くありません。梅田の東宝シネマで見ましたが、最近の椅子のいいこと、ビールも廻って、途中で少し眠ってしまいましたが、目が覚めると、役所広司演じる憎まれ役が善人に変身した後でした(苦笑)。
 
 事故で両親を失った少女の哀しみ、周囲の大人の思いも伝わっては来ない。そもそも「記憶や印象、思い出ってなんになるの?」という問いかけがあったはずです。
 眠っていて偉そうにはいえませんが・・・(苦笑)。
 
 まばらな観客の乗りはイマイチ。笑いも涙も感じられませんでしたが、これは脚本というより演出の問題ではないかなあ。もともと小劇団で手狭な舞台でこその密度の濃くなる舞台、激しいやりとりや突っ込みは、フットワークのあるカメラだと却ってギャグも散漫になってしまう。もっと思い切ったええ加減な?造りにしてもよかったかなあ。そうすれば突き抜けた異色作になったかも・・・。
 
 色の違う個性的な役者がそれぞれ大熱演しているのを中島監督はまとめきれなかったように思います。個人的には孤独な大富豪を演じる役所広司は新劇的大芝居、褒められている看護婦役、土屋アンナは例によって一本調子なつっぱり演技、老いたオカマを演じる国村準はおいしい役でウマイのに為所が少なくもったいない、もっと個々の登場人間をしっかり描いたら深みがでたでしょう。妻夫木クンは怪演です。
 
 ただし映像的にも面白く、「大がかりな学芸会」として充分楽しめました。代金が惜しいとは思いませんが、ゆめゆめビデオ等ではご覧にならないように。これは大きなスクリーンで見てこその映画です。
 


2008年10月18日
 
「 寄せ鍋や むかしむかしの 人思ふ 」
 
 一週間、更新を休んでしまいました。このようなささやかなHPでも、毎日チェックして下っている方がいて、どうしたのですか?と問い合わせいただくと、申し訳なく、また嬉しく感じるものです。
 
 嫁ハンと私の誕生日が一緒ということで、近年は息子達が上の息子のホテルに招待してくれるというのが、ここ数年の恒例になってきていました。先週の連休前半はそれでホテルに一泊。年一度のことですが、ホテルの方も慣れてきてくれて、馴染みになったスタッフが、ウエルカムメッセージやフルーツと共ににこやかに迎えてくれました。
 
 それで調子にのって、クラブラウンジ(宿泊客用のくつろぎスペース)で飲み過ぎ、また、一階のレストランでピザ、五階のバー(ここだけ名前を出します。憧れだった「ザ・バー」)でカクテル(後の二カ所は料金はこちら持ち)とまた呑んで、結局二日酔い。でも大きなベッドで気持ちよく眠れました。
 
 オー・ヘンリーの「桃源郷の客」のように、一庶民がちょっとした贅沢を味わって、これで来年まで一年がんばって、また来れますように、と願う。朝10時、チェックアウト(12時)ぎりぎりまでゆっくりしたいという嫁ハンを残してホテルを出る。
 
 向かうのは、これも毎年の恒例、昔のスイミング仲間とのバーベキュー大会。富田林、獄山の麓の友人宅で。でも、肉を少し食べたあと前夜の疲れか?庭で盛り上がっているメンバーをおいて、そのまま友人宅の居間で眠り込んでしまいました。最近はどこでもだらしなく寝てしまいます。反省。
 
 連休明けの、めちゃ忙しい3日をおいて、金曜は遠足。晴れた空の下、「東映京都映画村」へ。遠足や修学旅行生でいっぱい。
 
 テーマパークとして全体的に窮屈で詰め込みすぎ。造りも雑。10年前より、ちょっとしょぼい感じになっていましたが、アトラクションのショーも含めて生徒と一緒に楽しめました。いや、生徒より楽しんだのは私かもしれません。だって、懐かしい映画やスターの展示を見て、いちいち感動しているのは年輩者のみ。片岡知恵蔵や桜町弘子の写真、市川右太衛門の帽子を見て、溜め息をついているのは一行の中で私だけでした(苦笑)。
 
 もの思う秋です。いろんなことがあり、いろんなことを思いますが、すべて含んでごうごうと押し流してゆく、時間の流れが見えるように感じます。若いときにはそんなことは思いもしなかったけれど・・・。
 
最近読んだ作品
 
ローマ人の物語 23巻  塩野七生
 
 暴君たちのあとで傾きかけた帝国を立て直したヴェシパスアヌスの後、皇位についた長男ティトゥスは、誠実に政務にあたるが、ヴェスビオス火山の噴火によるポンペイ全滅、ローマの大火災という災難にも遭い、病に倒れる。
 
 急遽後を継いだ、弟ドミティアヌスは、統治システムを強化し、安全保障にも尽力したのに、なぜか暗殺という憂き目に遭い、しかも死後「記録抹殺刑」に処せられる。元老院も市民も軍団も属州も関与しなかったという暗殺の実行犯と黒幕はだれか?
 
 若い日に皇帝が恋して、すでに人妻であったのを強引に奪って後に皇后とした、当時ローマ第一の美女で貴婦人ドミティアの身内のものではないかというのが塩野さんの推理。皇帝の浮気、その愛人の死が、憎む対象を失って迷走するドミティアの心を夜叉に変えた・・・?引き取り手のない皇帝の遺体は、乳母によって密かに火葬され、愛人ユリアの遺灰と混ぜて葬られたという。
 
 げに怖ろしきは嫉妬心?
 
中国への旅 J
 
上海バンスキング その1 
 
大都会、魔界?上海に入り、一泊して、朝、魯迅公園一帯を散策。このあたりはかつての日本租界の後。10万人くらいの日本人が住んでいたらしい。それぞれの国が広大な治外法権の地を占拠した(めちゃするなあ。でも、それほど広だった街とも言える)かつての上海租界。
 
 魯迅にが最後まで住んだ家はまだ残っていたが、人が住んでおり、普通の薄汚れた?町屋。もっときれいに保存して公開すればいいのに・・・。一方公園内にある魯迅の墓は立派なものでした。
 
 朝の公園にはたくさんの人が集まっている。太極拳、社交ダンス、ラテン系のもっと激しい踊り、独特の体操・・・歌や、楽器の演奏も。足の不自由な小父さんがやってきて、日本人とみて、アコーデォアンを弾いて唄ってくれる。歌は定番「北国の春」。お礼はいいのかなあ、と一緒に付き合ってくれたガイドの陳さんに訊くと、いいですよ、彼は日本人が好きでサービスでやってくれるのです、と言う。
 
 木陰で書類を持った人々がこそこそ熱心に相談をしている。
 
あれは何?株取引?
いえ、日本でいう「お見合い」の相談です。一人っ子政策が徹底している都会では息子、娘の縁談が親の悩みです。それで親がああして「釣書」を持ってきて、情報交換しているのです。恋愛結婚もなかなか難しいので、こうした親同士が進める縁談も多いのです。
ふーむ。それで条件が合えばというわけだね、それで結婚して、離婚などは?
最近、多いのです。新婚旅行から帰ってきて空港で離婚というケースも増えています。
そうなんだ、日本でも同じだよ。
 
ところで陳さん(31才)のお母さんはあなたの縁談を心配していないの?
それが母もここへ来るといってきかないので困っているのです。
いいじゃない、チャンスが増えたと思えば・・・。
いえいえ、僕はたいした大学を出ていないし、まだ貯金も車もマンションもないし、すべてこれからです。
結婚は条件だけじゃないよ、いい人がいれば早くすればいいのに・・・。
いえ、まずはもっと貯金して、もういちど日本へ行って、日本語をしっかり勉強したいのです・・・。
 
 国際都市上海で生き延びてゆくのも大変なようです。
 
 日経新聞の新連載小説、高樹のぶ子さんの『甘苦(がんくう)上海』は上海の実業界で生きる、日本人、中国人を描いて新鮮です。
 
 「北京語と上海語、英語と日本語が不自由なく話せるのが仕事ができる条件。語学力が高給に繋がり、基本は北京語で、取引先に電話して、相手の受付女性が上海訛りの受け答えしたら、それだけで二流である。二流と見られてしかたがない・・・」厳しい社会なんだ。


2008年10月11日
 
 11日が「13夜」。美しい月が昇りました。1日1本に決めているタバコをベランダで吸っていると、後ろに人の気配が・・・実は、月の光で出来た自分の影が動いているのでした。それにしても、満月前のまだ欠けた月を観賞する感覚っていいなあ。
 
 10日の夜、元同僚の通夜に藤井寺へ。まだ70代。若いと思います。喪主は彼の結婚が遅かったのでまだ若い息子さん。なぜか、奥様ではありませんでした。胃癌。家も近かったので、時々市内の病院でお会いしました。授業のこと、行事のこと、いろんな思い出が蘇って、遺影を見ながら思いに耽ってしまいました。元気な人だから長生きされるとは限らない世の中なのですね。
 
 11日、祭りの本番。午後から先生とこらは車は出せませんよ、と地車(だんじり)に参加している生徒からの連絡あり。それではと、自転車で河南町テニスコートに向かう。刈り入れはまだ一部、豊かに実った黄金色の稲田を横切って石川沿いを南下、40分かかって汗だくになってコートへ。準備運動が充分で、テニスは快調でした。でもふらふら。今日はラケットは忘れませんでした(笑)。
 
 5時終了。きれいな夕空を眺めながら帰宅の途につく。今日は鱗雲が橙色にそまって鮮やか。この時期の夕陽は油断がなりません。太陽が沈んで終わったかなと思ったら、また夕焼けがぶり返してくることがあります。あと何回見られるか。一回一回を大事にしなければ。
 
 せっかくだからとちょっと寄り道。河南町に「大ケ塚」という台地の上の緑に囲まれた集落あり。前から気になっていたのですが、ここって城郭集落の名残では。坂を登った上には新旧の大きな家が整然と並ぶ中に由緒ありげな寺が・・・・これはすてきな所と認識。また改めて探検に出かけます。ここからも夕日がきれいに見えました。
 
 古市は宵宮。遠くで祭り囃子を聴いているだけでも寂しいので、嫁はんと駅前に繰り出す。ロータリーはバスもタクシーも今日明日は進入を止められて、代わりに各町内の地車が次々訪れてパフォーマンスしては去ってゆく。警官、ガードマン、近鉄職員も動員されて警備も大変。
 
 駅前の「王将」の2階に上がってビールを注文。ちょうど4,5メートル先、目の高さに地車の屋根があって、白装束の若者数人が座ってビールを飲んでいる。大体3台がロータリーに待機、順番にパフォーマンス(地車をぐるぐる回したり、歓声を挙げたり・・・昔のような「にわか」や寸劇はなし)して自分の町内に帰ってゆくのです。昔は町内対抗の意識が強く、一触即発ケンカの事態もありで、ぴりぴりしていたのに、近年はなぜか友好的。それぞれ時間も守って、あっさりしたもの。観衆もおとなしく、地車の周囲の一部だけ盛り上がっている感じが拭えません。
 
 豊漁や豊年を神に感謝するという年一度の弾ける思いは、もう無縁のものになってきたのでしょう。白鳥神社の周囲は夜店が出て、遅くまで賑わいそうです。
 
 故郷の祭りは来週の土日。帰りたいけれど、退職後の楽しみに残しておきましょう。
 
 セガトイズから600通り以上の言葉を話す猫型ロボットが発売されるそうです。頭、背中、尾などに5つのセンサーを内蔵。なでるとうれしそうな鳴き声、頬を触ると喉を鳴らすそうです。12090円。うちの息子よりボキャブラリーが多いと思います(苦笑)。
 
 8月初め、骨折騒ぎで見逃していたテレビドラマ「帽子」を、緒方拳さんの追悼番組として見ることが出来ました。よく出来た脚本、丁寧な演出、演技でしみじみこころに迫る作品でした。舞台は呉と東京。呉は故郷の海の向いなので、言葉も似ていて懐かしく感じました。緒方さんも田中裕子さんも標準語訛り?の呉弁をうまく操って、自然でした。「帽子」が単なる小道具に終わっていない。プライドを持って生きたいと思う主人公達のこころのよりどころなのです。
 
 近年、制服の一部としての帽子は消えて行く流れなのでしょう。でも、強い日射し(その極限が「ピカ」)を防ぐ帽子は永遠の必需品でもあるのです。
 
 緒方拳の遺作として「風のガーデン」が好調なスタートを切ったようです(これも見逃しました)。倉本聡さんの最後の連続ドラマという話題性もあったのでしょうが・・・。結局、死去のニュースが格好の番宣になってしまったようです。
 
 映画「ダークナイト」も客演ヒース・レッジャーの急死があって大ヒットしました。皮肉なものです。
 
最近こころに残った言葉
 
 淡谷のり子さん「私の恋の相手は中身はどうでもいいの。外面の美しさだけでいい。美しい人、すがすがしい人を見ると心が和むし、休まるのよ」 インタビュアーだった瀬戸内寂聴さんのコメント「何度も笑い声をあげてしまった。わたしと考え方、生き方があまりに似ていたからだ。男に対する恋の仕方も、男の捨て方も。」
 
ここまではっきり言えれば立派。でも、長続きする男性には巡り会えなかったのですね。ま、本人がよければそれでいいけれど。
 
ゆく人
 
草刈民代さま  (来春引退を表明、バレリーナ、43才)
 
  まえまえから、言うてはったから驚きませんが、やはりバレー界は寂しくなります。とにかく美しい方でした。昨年、怪我をされたこともありますが、絶頂で辞めたいというのが彼女の美学でした。旦那があの周防監督ですから、半端な映画などには出はらへんと思いますが・・・。


2008年1010日

 白鳥飛来のニュース。もうすぐ大和川や古墳の濠にも渡り鳥がやってくる季節です。

 「満地球の出」。「かぐや」が捉えた写真、丸い月の地平線から丸く青い地球が上がってくる。ショットチャンスは年2回しかないそうです。「月見」ならぬ「地球見で一杯」というのは、実現の限りなく難しい贅沢な夢です。

 GS(グローバルスタディ)という授業の一環で、希望した生徒14名を引率して毎日新聞大阪本社へ。JR大阪駅「砂時計」前で待ち合わせ。梅田へ出たこともない生徒も多く、かなり迷ったようす。携帯に電話あり、「どこにいるかわかりません」「何が見える?」「赤い観覧車」「それは阪急、誰かに訊いて、大阪駅までたどり着いて来い!」なんとか奇跡的に?全員揃って、集合時間に間に合う(半分しか来なかったコースもあったらしい)

 毎年やっている行事ですが、毎日新聞は今回が初めて。ファックスの事前打ち合わせでも丁寧な対応をしていただきました。感心したのは、11時半からという時間帯の妙。丁度、夕刊の編集仕上げ中の編集室を上から見ることが出来、地下5階の印刷室に移動して、送られてきた版が輪転機に掛けられ、あっという間に刷り上げられ、括られ、ベルトコンベアーに乗せられて各コースに分けられ、エンジンのかかったトラックに積まれて配送されてゆく。90分の間にそれを見ることができたのはラッキーでした。

ゆく人

吉田直哉(映像作家、肺炎、77才)

緒方拳(俳優、肝臓癌、71才)

 はるか昔、ドキュメンタリー番組で名を馳せたNHKの鬼才ディレクター、吉田さんがドラマ制作に転じた、その第1作が「太閤記」でした。大河ドラマの3作目で前作は大スター長谷川和夫が主演した絢爛豪華な「赤穂浪士」。


第1回の冒頭で当時「新しかった」新幹線が画面を突き切り、場面は一転、戦国時代の戦場へ。その片隅の草むらにしゃがんで用を足している主人公の顔のアップ。それが新人、緒方拳でした。美男ではないが、愛嬌のあるそして目力のある顔つき。新鮮でした。演出もあえて斬新なカットを重ね、俳優も信長の高橋幸治(この人も新人)、森蘭丸に現片岡仁左衛門(当時、歌舞伎でも売れていなかった孝夫)、石田光成役に石坂浩二(まだ慶応の学生だった)などを思い切って起用、それぞれ人気を呼びました。番組は好評で2年後の「源義経」もこのコンビ。緒方拳は弁慶を演じて国民的?人気と評価を得てゆきました。

あれから40年余、それぞれの世界をきわめたふたりが共に病に倒れて亡くなりました。緒方拳の演技で印象に残っているのは、やはり「復讐するは我にあり」の連続殺人の犯人。やりがいのある役だったとおもいます。

70代というのは勤め人ならとっくに引退してもいい年なのでしょうが、俳優という職業に定年はないのでしょう。もっといろんな役に巡り合いたいという意識が続けさせたのしょうか。三国連太郎や大滝秀治とはまた違った老人役が出来たでしょうに・・・。

でも、5年間も病気を周囲に隠して出演を続けるかなあ。彼の心残りは次代を託されながら退団した新国劇への、舞台への思いだったのではないでしょうか・・・。

書家でもありました。密葬の祭壇には自ら書いた「不惜身命」(ふしゃくしんみょう)の書が掲げられてあったそうです。



2008年10月8日
 
 ノーベル賞の物理学賞トリプル受賞。アメリカの報道の「アメリカ人ひとりと日本人ふたり」という報道にも笑いました(南部陽一郎さんはアメリカ国籍を取ってはるんですね)。今夕には化学賞に下村さんの報。高校時代苦手だった科目(実験はすきだった、テストはダメでした)ですが、なんや嬉しい気分のものです。テレビでだれかが物理と文学は似ている、生活にすぐに役には立たないけれど、人生には大事なロマンを与えてくれる、と言ってました。それは言えるかも。
 
 東京ドームは巨人、阪神の首位直接対決で盛り上がっているらしいですが、どうせどちらが優勝してもプレーオフがあるのだと思うと、見る方にも力が入りません。この制度に問題なしや?
 
 最近印象に残った言葉
 
ビッグコミック連載「あんどーなつ」から・・・テレビドラマでもやっていたようですが、見ていません。ヒロイン、安藤奈津は洋菓子職人を目指していたが、浅草で和菓子職人の梅吉・竹蔵と出会い、彼らが働く「満月堂」で働き始め、和菓子の魅力に嵌ってゆく・・・。
 
 梅吉が言う「職人は芸術家じゃねえんだ。まずお客さんの求めがあって、それにお応えして満足いただける品を誂えるのが職人なんだ」
 
 確かに、そうですね。
 
 中国への旅 9
 
 午後7時、日のとっぷり暮れた古市の旧市内を走って帰る。延べ1キロにも及ぶだろう高提灯が通り、筋に巡らされて美しい。祭りは11日、12日です。でも、ここ数日、どこか不自然だと感じ続けていて、思い当たったことは・・・。
 
 「日本の夜は明るすぎる」ー提灯があるのに、街灯、門灯、そして家々の室内から洩れる明るい光、これって無粋。夜なのに、どこも明々と見える。家の表札も、裏口のゴミも。せめて祭の間くらい、光を制限して提灯の明かりのみにすればいいのに・・・。安全も大事だけれど、子どもは親がみればいい。
 
 蘇州の夜の美しさは闇の深さに比例しているのだと気づきました。繁華街でも人の顔がはっきり見えないくらい。まして、運河や柳の並木の付近は漆黒の闇。赤い3連の提灯が映えるはずです。スモッグも入っているかもしれないけれど、立ち込める霧も、夜はいっそう風情を高めます。計算したものでないかもしれないけれど、この「気持ちよい暗さ」を日本も取り入れるべきではないでしょうか。
 
 運河沿いの壁の前に、すごい美男美女が寄り添って、ぼんやり薄明かりに浮き上がっていたので、近寄って見たら、雑誌のグラビア撮影でした。
 
 星も見えない空、淀んだ水、深い闇、柳の大木、重く湿気を含んだ風、狭く貧しい路地の生活の匂い、歴史の重み、そういったものの是非をすべて含めて、蘇州の魅力なのだと思います。
 
無錫(むしゃく) 「太湖(たいこ)」
 
 ツアーの賑やかし5人組は朝から酒を飲んで元気。夜もややこしいところへ出かけている気配。声が大きいので密談も筒抜け。最初、緊張していたガイドの若い二人も5人組の扱いに慣れてきて、うまく付き合っている。
 
 5人は毎年一回海外へつるんで遊びに出かけるらしい。最年長の70才くらいの長老(口が立つ)、60代のリーダー、カメラ係と会計係、そして一番若い50代の自称「青年団長」。5人の仲の良い男グループというのは見ていて本当に面白い。
 
 年が近いこともあって「青年団長」と最初に近しくなる。どこへ行くにも雪駄履き。雪駄には般若の顔が描いてあるのが歩くとちらっと見える。それを指摘すると、いやあ、慣れてしまってこれでないと、落ち着かないんやワ、と苦笑い。江南は前に奥さんと二人で来たという。グループの中で一番若いから、荷物を持ったり、酒を買いに走ったりするのも私と同じ。彼はガイドの殷さんに惚れ込んで、一生懸命中国語を習ったり、怪しげな日本語を教えたりしている。
 
 果てしない湖は
 その上の夢を 秘めて流れ動かず
 岸辺の青柳は そよ吹く風に
 思い出を語り 揺する心地する
 
 「太湖船」。小学校5年の時に習った歌を、なぜか憶えています。そういえば近年「無錫旅情」という歌もありました。広々とした湖は琵琶湖の4,5倍もあるらしい。水はきれいではなく、景色も大味ですが、琵琶湖のようにビルや電線や橋は見えず、岸に見え隠れする中国風の建物も風情あり。貸し切りの遊覧船のデッキは風を受けて爽快。私は舳先でぼんやり霞む水面と区別のつかない空を眺める。
 
 殷さんを連れた「青年団長」がやって来て、テレながら、写真撮ってくれますか?可愛い。
 
 湖の畔の真珠研究所。中国では淡水で養殖するらしい。神戸から来た真珠に詳しい初老のカップルの奥さんのアドヴァイスを貰いつつ、ちょっと華やかな飾りの付いた黒真珠のブレスレットを嫁ハンのお土産に選ぶ。今秋の舞台で使えたらいいと思います。


2008年10月6日
 
 朝のラジオを聞いていると、松茸の国内生産量がこの半世紀で200分の1に落ち込んだんですって。もちろん、里山の荒廃、赤松の衰退が原因なのでしょうが、松茸は永年の研究にも関わらず、栽培が難しい菌類なのだそうです。中国、韓国など海外物が出回っていますが、最近はフィンランド物が押してきているとか。
 
 かの地では今まで、松茸を食べる習慣がなくて、放置?されていたのだけれど、ここ数年、日本で商売になるという話で盛り上がり、国を挙げての販売体制をとっているらしい。そのうち、スーパーにもフィンランド産の松茸が出回ってくるのでしょうね。
 
 日曜の夕刻、西天満老松通りのギャラリーで知人の個展と、その中のイベントとしてのジャズピアノコンサートに行く。上田さんという若い(40過ぎ)の感じのいいにいちゃん。いつもはバー(リーガロイヤルのセラバーでも)などで弾いているので、こんな静かな環境は初めてです、とちょっと緊張の様子。「ナイト・アンド・デイ」「サテンドール」懐かしい曲が続く。ワインを呑みながら(いつの間にか4杯)いい気分に浸っていたら、第2部から一変。来合わせていたテナーサックスのにいちゃんが飛び入り、派手なセッションになり一気に盛り上がる。3年ぶりの共演というのに、見事に息が合っている。こうのって相性も大きいのでしょう。
 
 アベノの行きつけの店に河岸を変えて、ミュージッシャンも交えて11時過ぎまで今度は焼酎と鍋で盛り上がる。飲み過ぎました。でも、若い音楽家達の元気と精進に元気づけられました。また、聞きにゆくことを約束したらしい。ポケットにメモが一杯残っていました。
 
 エミー賞のレッドカーペットを観ながら・・・。テレビドラマでは役に合ったメークと服装をしているが、この夜はスターの顔と装い。女優さん達のロングドレスが美しい。今年は赤と黄色いドレスが目立つ。インタビューはドレスと靴とアクセサリーの話から。ドレスはなぜかアルマーニが多い。毎年イメージを変える人、同じイメージ、色遣いの服を着る人、様々で面白い。まだ日は高く、2時間近く会場前のこの騒ぎが続いて、授賞式の開始はまだまだです。
 
 虫の声に交じって祭り囃子が聞こえてきます。だんじりの試験曳きは昨日でしたが、あいにくの雨でした。古市白鳥神社の祭り本番は今週末。その2日間は車が動かせません。金木犀の香りも漂ってきます。いよいよ秋本番です。
 
 中国への旅 8
 
蘇州夜曲  (2)
 
 「虎丘(こきゅう)」は市外北西の丘、呉王の陵墓。白虎が現れたという伝説を持つ。地盤沈下で高い塔が15度方傾いている、中国版ピサの斜塔。でも、こちらは紀元前5世紀。歴史の重みが違います。運河に映る姿を皆は競って撮影。私はカメラを初めから持って行っておりません。記録は頭と心の中に・・・というより、カメラに振り回されるのが面倒くさいのです(苦笑)。
 
 髪に飾ろか 口吻(くちづけ)しよか
 君が手折りし 桃の花
 涙ぐむよな  おぼろの月に
 鐘が鳴ります  寒山寺
 
 陽が落ちると、一気に風情を増す蘇州の街と運河。皇帝が穿った北京に通ずる運河(広い、道頓堀の10倍以上)をゆっくり船で上り、昔の城郭跡や石垣を巡る。岸の柳が美しい。でも、大味な風景だなあと思っているうち周囲は一気に暗くなる。ネオンや街灯が少ないので街全体が暗い。船は大きな運河を離れ、市内に張り巡らされた小さな運河に入ってゆく。ぎりぎりに抜けてゆく狭い運河の周囲は昔の家並み、小さな石段が家から水際まで降りて、どこからでも乗り降りできるみたい。暗い運河に両岸の3連の赤い提灯が映って揺れて、夢のような情景です。これを観たかったのです!船を通すために反った石橋の下を次々抜けてゆく。
 ホテルの近くで船を捨てて、古い街並みをゆっくり歩いて帰る。もちろん紹興酒を買うことは忘れません。中国に来て味わう最高の夜でした。


2008年10月5日
 
 「 月からひらりと 柿の葉一枚 」 
 
柿はまだですね、今は梨の「豊水」がおいしい。水分が豊で甘く「幸水」や「20世紀」を凌ぐ売れ行きだそうです。
今朝覗いた藤井寺の書展で目に留まった句です。作者は忘れました。書いておられたのは藤井美裕さん。芸術の秋でもあります。
 
息子が個室ビデオを利用していたことに、まだちょっとしたショックと不快感を引きずっている節介親父の私。
それで、また、ちょっかいを出す。
 
やっぱしHビデオを借りるのやろ?
 
何言うてんの?終電に乗り遅れて、寝るだけやのに、そんなの見る元気も時間もないわ。別に借らなくてもええねんで。
第一見たかったら、家でいつでも見られるやん!
 
(そういえば、いつのまにか、息子達の部屋にパソコンもテレビもビデオも揃っている。)
 
でも、最近は家でも見る時間も元気もないけどな・・・。
 
 先週土曜にテニス再デビューを果たし、しんどかったので、今週は準備万端、椅子やら手袋(先週、マメが潰れて血まみれになった)スポーツドリンク携帯して張り切って出かける。でも、コートに立ったとたん、ラケットを忘れて来たことに気づきました(苦笑)。結局、友人からラケットを借りて4時間プレー。やはりフラフラになりました。
 
 
中国への旅 7
 
蘇州夜曲(1)
 
 昔からの憧れの地でした。「支那の夜」の渡辺はま子のあの高い声「支那の夜、支那の夜よ、湊の灯り、紫の夜(よ)に、上るジャンクの夢の舟・・」マルコ・ポーロが「東洋のベニス」と讃えた運河の町。
 
 極めつけはもちろん西条八十作詩、服部良一作曲の「蘇州夜曲」。
 
君がみ胸に 抱かれて聞くは
夢の舟歌 鳥の歌
水の蘇州の 花散る春を
惜しむか 柳がすすり泣く
 
 二行目の最後は「恋の歌」と憶えていましたが、「鳥の歌」が最初だったそうです。舟歌の間に鳥の囀りが聞こえるという風情だったのでしょう。いつの間にか「恋の歌」が唄いやすいし流れもいいので定着したのだそうです。映画「支那の夜」の主題歌で、唄ったのは霧島昇と渡辺はま子、映画の主演は長谷川一夫と李香蘭(山口淑子)。公開された日劇の周りを観客が七重に囲んだという伝説もヒット映画です(もちろん観ていません)
 
 昼は確かに柳の緑と運河の取り合わせは素敵だけれど、やはり埃っぽいところのある街でした。それに高層ビルがどんどん建ってきている。それが夜になると一変。深い風情のある街に変わります。


2008年10月3日
 
  「 古塚や 誰が細工の 曼珠沙華 」 子規 (明治27年)
 
 先週末、河南町にテニスに行ったら畔道にずっと彼岸花(曼珠沙華)が咲いていて、秋を痛感しました。夜の散歩をしていると、近所の家の玄関先のプランタに黄色い彼岸花を咲かせている。まあ、ここまでは許そうと思っていると、隣に赤い彼岸花が・・・。これは止めて欲しい。やはり「弔い花」のイメージがあって、それは壊してほしくない。花の世界で独自の地位?を保って、その魅力を認められているのだから、なまじ演芸種などになってほしくないのです。
 
 新学期が始まって3日。なんや、しっかり疲れました。新しい科目も始まって、緊張もあったのでしょう。夜はバダンキューで爆睡。でも、他校ではもうすぐ中間考査というところもあります。肌寒くなったけれど、隣の中学ではまだ水泳をしている。旧暦では9月5日。もう晩秋に入ってゆくのに・・私はまだ半袖。季節感がわからなくなりました。虫の声が高く響いてくる夜半です。
 
世間では衣替え、しっかり秋本番。下の息子の署にも警察学校を卒業、研修を終えた新人がやってくるようです。息子はなぜか指導係。
昨夜、当人がまだ挨拶に来ないと心配している。
 
普通は配属先が決まったら挨拶に来るやろ?本人も不安やろし・・・。
まあ、そうやろな。
お父さん、今の若いもんは言うたことはするけれど、言うたことしかせえへんからなあ・・・。
 
その言葉はそのままお前に返すわ、と言おうとして言葉を飲み込む。ゴミ出しの日の朝に、ゴミ袋を集積場に降ろして貰おうと玄関に出しておいても、気づかず、そのまま出勤してゆくやつです。
 
一応調べて電話してやったんや、当日、時間通りに来て、恥かくのは可哀想やから・・・
 
で?
 
明日、早めに来いと言うたら、びびっとったわ。
 
今朝、息子も私が起きる前に出かけてゆきました。さて、首尾はどうなったでしょう?無事、指導係が勤まっているのでしょうか?
 
中国への旅 6 
 
蘇州 留園(りゅうえん)
 
 蘇州にはかつて高級官僚によって造られたたくさんの名園があり、そのいくつかは今も国家財産として保存されています。その代表的な庭のひとつがここ。
 
 迷路のような広い屋敷のあちこちに庭が配置されているのですが、ポイントをなすのは太湖石と呼ばれる大きな石。白い巨大な奇石であちこに穴が穿たれている。これが庭の中心に聳えているのは、安定した石、苔むした石を重んじる日本の庭とは全く違った趣。塀が高くて、空を遮り、閉ざされた空間を造っているのも、低い塀で周囲の山を借景となす日本との大きな違い。高い塀は、女性が逃げ出さないようにとの考えからでしょう。纏足で縛っておいて、さらにこれです。庭は基本的に部屋の中なら観賞するようになっていて、どの庭に向かっても、立派な黒檀の応接セットが誂えてある。
 
 正面から見るのが男性、女性は歩く通路も別、庭を観賞するのも脇の席。厳しい男尊女卑の名残があちこちに。
 
 でも、正夫人の席は広くて脇息がついてソファーのよう。
 
ガイドの陳さんが、なんでこんなに大きい席なんでしょう?わかりますか?
 
ツアーのみんなが口々に・・・昼寝?歩けないから横になる? ブー!
5人組のリーダー ・・・わかった!ここでセックスするんやろ?  ブー!ブー!(爆笑)
私・・・わかった!阿片を吸う席や!    ピンポーン!
 
あの時代、江南の上流階級は阿片に席巻されていたのですね。こわいことですが・・・。
 
最後の広い庭、ものすごい高い銀杏の木。秋に訪れて見たい庭でした。でも、日本に庭の美しさを再認識させられた庭でもありました。


2008年10月2日
 
 「 松茸の 錦小路と なりにけり 」 山根 真矢
 
 錦小路は京の台所。旬のものがいちはやく出回ります。今頃松茸のいい香りが・・・。
 
 首相の所信表明演説って、国民ではなく民主党に向かってのものだったのですね。無視された他の野党の怒りはともかく、無視された国民ももっと怒るべきでしょう。まあ、対立の構図を明らかにして、劇場型の政治を再現して興味を引こうという手法なのでしょう。麻生さんの「声」が好きになれません。
 
 大阪浪速区のビオオ試写室の惨事(15人死亡)。息子達に訊いたら、なぜかやたら詳しい(苦笑)。不審な思いを抑えていろいろ訊いてみる。
 
 とにかく「やたら安くて(1500円くらい)便利」だから、終電に遅れた時にアベノ周辺の店を利用するらしい。
 
 ネットカフェを利用してたんとちゃうの?
 
 ネットカフェも使うけれど、呑み食いはもう必要ないし(ネットカフェはフリードリンクで、宿泊すれば2000円 以上かかる)、仕切だけだけれど、ビデオ試写室は個室で、鍵もかかるし、比較的安全でゆっくり眠れる・・・3種類くらい部屋があって、椅子、リクライニングシート、床とランクがあるんだ。
 
 なるほど。でも、今回の事件でわかったように安全性に問題があるんだから、気いつけんとアカンデ、1500円で命を失ったらあかん。5000円かかっても、普通のホテルの方がましじゃん!
 
 うーん。そうやなあ・・・。
 
ゆく人
 
市川 準さん (映画監督 CMディレクター、脳内出血 59才)
 
 禁煙パイホ、タンスにゴン、カエルコールとCMのヒットを連発、映画界に進出しても、「BU・SU」「つぐみ」「病院で死ぬということ「トキワ荘の青春」などで独特の映像世界を展開。11月から「ヴィヨンの妻」の撮影に入るところでした。若い。惜しい!
 
 
9月で退大阪府教育委員を退任 井村雅代さん(シンクロナイズト・スイミング指導者)
 
 映像で見ると厳しい表情だけれど、6月に学校に視察に来はったときは笑顔のきさくなおばさんでした。教室に入って来られて「山月記をやっているんですねえ。なつかしい」とおっしゃって、「(単位制のような)こういう学校もあっていいんですねえ」と言ってはったけれど、「お飾り」「ビジョンがない」という橋下知事の批判を受けて、木戸湊氏と共に再任されず、後任には知事の息のかかった蔭山さんと、小河さん。井村さんは元中学教師、現場をよく知っている人、きちんと現状を知った上で、現体制を批判出来る人を失うのはもったいないと思います。
 
中国への旅 5 
 
杭州湾海上大橋
 
 杭州湾を跨ぐ30キロを超す長大な橋。浅い海では様々な魚介類の養殖が行われてるようす。とにかく広く、山も向こう岸も見えない。この長い橋は来るときに空の上からもはっきり臨めました。橋の中途に大きなホテル、レストランが建造中。上海からも近く、これからあたらしいビュースポットになることでしょう。
 
蘇州 寒山寺 (かんざんじ) 
 
 七言絶句「楓橋夜泊」(ふうきょうやはく)で知られる禅宗の古刹。「蘇州夜曲」の「鐘が鳴ります寒山寺」の歌詞も有名です。憧れの地でしたが・・・。
 
 内外のすごい観光客の数で、まず、塀をぐるりと廻って、運河のほとりの正面からすっと入ってしまう、中は例によって金ピカの布袋さんのようなお釈迦さん(荘厳さはなし)を拝んで、個人的に再建された鐘を5元で3回搗いて、押し出されるように裏口から退出。せめて、寺の前の運河のほとりで、橋を巡って、しばらく逍遙したかった。今回のがっかりの二つ目でした。それにしても、柳と運河の取り合わせは絶妙です。今度はゆっくり歩いてみたい。日本の風習を逆輸入して、年末には除夜の鐘を搗きに、聞きに、世界から観光客が集まって来るそうです。
 
 例の5人組は、寺の前の露天で1元の笛を買って、ピーピーと吹いておりました(笑)。勝手を言うと我々に無視されるのと、年輩の一人旅の方に、みんなで楽しみましょうねとやんわりたしなめられたのが効いたのか、やかましさは相変わらずでしたが、ちょっとおとなしくなりました。感心なのは5人そろって、決して集合時間に遅れないこと。



雑記帳バックナンバー表へ