Kan-Kan の雑記帳


2011年10月31日
 
「 葡萄垂れさがる如くに 教へたし 」 平畑 静塔(せいとう)
 
 みずみずしい一房の葡萄のように、自分の教えが生徒の中に実ってくれたら・・・作者は元大阪女子医大で教えていました。カトリック信者でもあります。聖書の「我は葡萄の樹、汝らは枝なり」がこの句のベースにあるのでしょう。
 
 帰省してきました。ガンガン草というピンクの花がいっぱい咲いて(夕方花を閉じて、また朝に開く)きれいでした。30数年前まではわが村だけに咲いていたのに、台風で種が流れだし?今は下流にも拡がっています。
 
 母を施設に迎えに行って、家で一泊してまた送ってゆく。ここ半年で大分学習、パターンを作ってきました。母を迎えに行った帰りに美容院へ送り込む。その間に2日分の食料の買い物を済ませ、悪友Nの家で美容院からの連絡を待つ。
 
 家に着いたら空っぽの冷蔵庫を満タンに。そして帰阪する時には、数日分、最低限残すように料理の量も調整するようになりました。もっと早くできるはずだったのですが、なにせ不器用で、それについ多目に買って、父が適当に食べるだろうと残してしまっていました(食べません、次に行ったらそのまま残してあるー苦笑)。今は、帰った翌日のメニューも冷蔵庫に整理して入れて、レンジで温めたらいいようにしておいて、メモを残すようにしています。
 
 今回の収穫は「塩鍋」。初めて作ったのですが、さっぱりしていると好評でした。結構、中華などこってりしたものが好きな両親ですが、さすがに90才を超えたら嗜好が変わってきたようです(苦笑)。でも、塩味も好きなのは心配。二人とも焼いた丸干しをしっかり齧っていました。
 
 村の最新ニュース。実家の2軒隣の小母さん(私は〇〇姉ちゃんと半世紀前から呼んでいるーもう80才過ぎですがー本人は、姉ちゃんと呼ばれると、恥ずかしいけれど嬉しいと言うてはるー笑)がご主人を先日亡くし、子供もいないので、2日前に施設に入ったという。広い屋敷にひとりでいるのは堪らないと。これで、また一軒、空き家が増えました。
 
 翌日、母と〇〇ねえちゃんが入った施設を訪問。ここは家から近い。大阪土産を渡す。すぐに泣きはるので困る。残してきた家が心配で、でも、仕方ないから・・・。また、来月来るからね、と励まして別れる。
 
 連夜、父と飲んで、その後、弟の家で痛飲。さすがに飲み疲れました(苦笑)。
 
 最後の日は、母と一緒に今治市内で昼食。。母は寂しそう。でも、どうにもできない。12時57分の特急「潮風」に乗る。以前は高速バスを利用していましたが、腰を痛めて以来、行きはフェリー、帰りは電車にしています。今回は雨もあって庭木の剪定もやらず、なんとか腰痛をこじらさずに済みました。
 
 父が育てた葡萄の木も気になったけれど、もうほったらかし。今年は実を結びませんでした。
 
 帰阪して、肺がんで闘病中の友人宅へ電話。自宅療養に切り替えているが、酸素吸入が始まり、もう読書もできず、うつらうつらしているだけらしい。話を聞くのも辛い。彼はまだ70才。私の父は90才、どちらも同じ病いなのに・・・。若いだけに進行が速いというのも皮肉なことです。
 
 テレビ(「NHKスペシャル」)でブータンの秘境に舞う蝶の特集をやっていました。「ヒマラヤの貴婦人」と呼ばれる美しい幻の蝶を発見、その生態も掴むのです。大発見ですが、場所も、村も明らか。こうなると、好事家やハンターが押し掛けるのではと心配。メディアで公表することの是非もありますね。
 
 最近印象に残った言葉
 
 山田詠美さん(彼女の夫は米国人)のエッセイから 
 
 人間は皆同じというけれど、異なった文化を背景に育ってきた人間同士は、必ず「理解できない」ものをお互い持っているのだ。私は、何故、アメリカでは、ビールを酒屋でなく雑貨屋で売るのか理解できないし、彼は、私が何故、日本酒を飲んだ後で、お茶漬けを食べたくなるのか、理解できないだろう。こういう文化の差を乗り越えて人間同士は心を通わせてゆくのである、などと私は言わない。彼も思っていない。だいたい世界には「?」が多すぎて、いちいち追求していたら、身が持たないのである。
 
 そうですね。まっすぐ受け入れるしかないことも多いのでしょう。
 
 
 
2011年10月27日
 
「 鳥渡る こきこきこきと 缶切れば 」  秋元 不死男
 
 そういえば、缶詰めの缶を切ることも少なくなりました。
 
 気持ちのよい朝焼けの空を仰ぐ秋の朝です。
 
 雁が渡ってきました。大和川、石川を飛び回っています。ツバメたちは今頃、洪水の地の空を 飛び交っているのでしょうか?鳥たちはどちらを本拠地と思っているのでしょうか?
 
 学校も、大阪府も市もいろいろあって、気忙しい思いのまま、秋も、今年も、終盤に向かってゆきます。選挙もあって、11月は慌ただしい月になるでしょう。
 
 北杜夫さんの死。84才。インフルエンザの予防接種を受けた翌朝、起き上がれなくなったという報道ですが・・・。週刊誌に連載中の娘さん、斉藤由香さんのエッセイを待ちます。
 
 腰の痛みも(足の指も)大分ましになったので、今夜帰省します。帰省?いや、出かけるのかな?もう、38年、大阪がフランチャイズなのですが(苦笑)。
2011年10月24日
 
 「 雲を食べ 紺のからだとなりぬれば ひゅうひゅうとなにもなきみ空なり 」 渡辺 松男
 
 秋の空は美しい。昼間はこの歌のように「日本晴れ」もいいですが、夕暮れはやはり雲があるのがいい。昨夕の空、特に西から北に広がった長く大きな雲は、夕陽に壮麗に染まって、大阪って広いんだと再認識させてくれました。
 
 ワールドシリーズを見ながらの朝食。出勤を要しない平日の朝は、申し訳ないほどののどかさ。それにしても、大リーガーたちのパワーのすごいこと。
 
 打撃はもちろんですが、守備がすばらしい。特にレンジャーズの二遊間。
 
 センターに抜けそうな打球を廻りこんで好捕、無理な体勢から2歩もステップして一塁へ送球。それでもアウトにする肩。
 
 大きなバウンドの内野ゴロ、球が照明に入って捕球直前の3塁手がスルー。後ろでカバーしていた遊撃手が、慌てず取って一塁へゆっくり、しかし速い送球。余裕でアウト。
 
 捕手もすごい。打者のファウルチップした打球が体に当たっても、顔色一つ変えない。痛いはずなのに・・・。自分がチームの要であることを自覚しているんだ。そして次の球で、ほとんど座ったまま一塁へ矢のような送球をしてランナーを刺す。プロだなあ。ナポリ選手です。
 
 7球連続でカーブを投げるバッテリー。次こそは直球か?と思う。8球目もカーブで三振。ファウルで凌ぐバッターもすごいけど。その駆け引きの面白さ。
 
 リビア独裁者の無惨な死。40年余の苛政(拷問、虐殺も多々あったという)の果てとはいえ、その血まみれの死に狂喜する人々を見て、平和ボケの私は複雑な思いをしたことでした。
 
 最近の自覚した老い
 
1 人の顔の見分けがつかない。世界体操の内村クンと山室クン?新しい月9の3人のヒロイン、だれがだれやねん?(よく見たら、実は全然個性が違う)?海外ドラマはもっと厳しい(苦笑)。昔、おばあちゃんに、テレビの洋画を見ながら人物を説明してあげた状況が、今は立場を代えてわが身に迫ってきたようです(苦笑)。
 
2 とにかくよく躓く。階段、敷居、ドアの入り口・・・。先日ベランダから室内に入ろうとして、足の親指を強打。いつものことながら自分に腹を立てつつ、足を引きずってあるいていたら、靴下が赤く染まっている。爪の間から出血。足を挙げて風呂に入る破目に。
 
3 やったことを忘れる。忘れぬようにと早めに授業プリント作成、このプリント印刷しなければ、とずっと思っていて、授業直前に慌てて印刷したら、とっくに自分で(!)印刷していた。同じプリントを2種類抱えて呆然。モッタイナイ!
 
 昨日は、出場するはずだった和歌山マラソン(10キロの部)でした。走る友人の応援に行こうかと思ったのですが(久々「ポルトヨーロッパ」にも行ってみたい)、足の指まで痛いし、ここは我慢。おとなしくしていました。腰への負担を考えのダイエットのため夕食も抜いたのですが、体重は減らない。運動不足は大きい。
 
 57分で完走したという友人からは、潮風と応援のジャスの演奏(この大会の名物)
が気持ちよかったよ、とのメール。うらやましい。
 
 最近印象に残った言葉
 
リアム・ギャラガー くん ( ロックバンド「オアシス」のヴォーカル )
 
「 憶えていないからこそ、いい思い出なんだよ!」
 
 あちこちで暴言を吐きまくっている‘超問題児‘(週刊朝日による)らしいけれど、大震災の10日後にチャリティライブを企画して2200万円を寄付。先月、来日、ライブで特大日の丸を背景にビートルズの「アクロス・ザ・ユニバース」をチャリティソングとして熱唱。
 
 なぜ、そんなに応援してくれるのか?という質問(もちろん、これもドタキャンされた後の2度目の会見で)に対して上記の言。
 
 日本には悪い思い出がないらしい。「日本に来るときは毎回ファッキン・グレイトな気分なんだからさ」と言い切る。あちこちでいろいろやらかしているのかもしれないが、いいヤツかも。
 
 
 
2011年10月23日
 
 「 二三四匹 馬繋ぎたる 新酒かな 」  子規
 
 
 昔の新酒の出荷風景なのでしょう。今は日本酒の新酒は春先に出ますが、昔は採れた米をすぐ醸造したので、今でも「新酒」は秋の季語です。
 
 
 幼いころまで、隣村に造り酒屋がありました。盆と暮れに酒代の支払いにゆくのは、長男の私の役目で、普段持たない額のお金を持って歩いてゆくのが怖かったのを憶えています。
 
 
 そして、ボジョレーの解禁は来月。案内が来ました。飲み放題が楽しみなのですが、今年は昨年までのホテルから北浜のフレンチに変更。ここは二度目ですが、
前回、料理や景品に凝り過ぎて?ワインが足らなくなった前科(苦笑)があるので心配です。
 
 
 ペインクリニックで一月目の診察。
 
 
お蔭さまで、痛みはほとんど消えましたが、痺れがあちこちに残っています。
 
そりゃあ、よかった。痺れはずっと続きます。付き合いましょう!
 
痛みどめの薬は効くのですが、胃にもたれる感じがあります。
 
では、薬を変えましょう!
 
 
めちゃ、簡潔明快な若いA先生のお言葉。来月また、診ていただきます。
 
 
最近読んだ本
 
 
「 サービスの天才たち 」 野地 秩嘉
 
 
 タクシー運転手、マッサージ師、キャディさん、温泉カメラマン(温泉もよりの駅前、ホテル宴会場で写真を撮って売る人)、理容師(高倉健さんのゆきつけの店)・・・それぞれの道のプロの在り方は、やはり、ひたむきさと押しつけがましくない気配りにあると思いました。
 
 
「 今夜は最高な日々 」 高平 哲郎
 
 
 伝説の番組「今夜は最高」(見てました)の演出、構成作家で、後にいろんな舞台の演出も手がけた人の回想録。花博のショーの準備でニューヨークでオーディション、いい素材だが、経験がないので、代役候補で連れてきて半年、控えで大阪で過ごした女性タレントが後のジェニファー・ロペスだった。
 多彩な活躍歴なので本も分厚い。でも、毎晩のようにタモリたちと飲みまくり、遊びまくり、それがまた仕事につながってゆく。家庭生活を維持しているのが奇跡みたい。
 
 
この本の中で気になった言葉
 
 
「 Faceless Nation 
 
 
 海外で、日本人は「顔のない国民」だと言われると、高平さんは気にしてはる。イチロー、マツイとスポーツ選手の顔が浮かんでも、政治家の顔は見えない。確かに。
 
 
「 幸四郎と見る歌舞伎 」 小野 幸恵
 
 
 松本幸四郎さんは、ちょっと談話を載せるだけ。役者の名前を借りて、小野さんの書いた歌舞伎案内。目新しいことはありませんが、たまたまこの本を読みつつ、映画館を覘いたら・・・
 
 
最近見た映画
 
 
「熊谷陣屋」 
 
 
 近年普及しているシネ歌舞伎。確かにアップで見られると迫力あり。
 
 時代物の名作、しかも、昨年の歌舞伎座の最終公演の中継録画(満員の客席の熱気もすごい)とあって、見ごたえある作品でした。一の谷の合戦直後の熊谷直実の館。平家の公達、敦盛の首(実は・・・)を討って持ち帰った直実でしたが、そこには敦盛の母、藤の方、直実の妻、相模が待ち構えており、そして上司の義経まで登場して・・・。
 
 
 坂田藤十郎さん、そして、昨年暮れに亡くなった中村富十郎さんの名演に感動しましたが、主役、直実の2
代目中村吉右衛門さんは、ちょっとやり過ぎかな。
 
息子、小太郎を失った悲しみから、最後に出家して、旅立ったゆく(奥さんひとり残してどうする!?)ですが、花道での名セリフ「16年はひと昔、夢だ、夢だ」を頭を抱えて煩悶の中で発声、傘を被って泣き崩れ、そのまま、中腰で走り去ってゆきます。
 
 
 名優の先代吉右衛門さんの型ですが、個人的には、茫然と立ちすくんでセリフを述べて、ゆっくり歩いて立ち去ってほしい。舞台の袖では、袴姿で踏み台に足を掛けた大薩摩(その姿が美しいといつも思う)が見事な送り三味線を弾いています。
 
 
 それにしても、「寺子屋」といいこの作品といい、理不尽な理由での身代わりの死を従容と受け入れる若者とそれを命じなければならない親の姿。いつも泣いてしまいます。
 
 
 今まで見る機会がなかったけれど、大スクリーンで見る舞台もいいなあと感じました。メトロポリタンオペラの舞台中継もあるようです。嵌りそう。
 
 
「探偵はBAR
にいる」
 
 
 そもそも、この映画を見に行ったのです。
 
 
 
解説: 『アフタースクール』の大泉洋と『悪夢探偵』シリーズの松田龍平が演じる探偵が、札幌を舞台に危険に巻き込まれるスリリングな犯罪ミステリー。東直己の小説「バーにかかってきた電話」を基に、テレビドラマ「相棒」シリーズの橋本一がメガホンを取る。さらには、『ALWAYS 三丁目の夕日』シリーズの小雪や『釣りバカ日誌』シリーズの西田敏行が共演。大泉と松田コンビの独特の存在感に引き込まれる。
 

あらすじ: 行きつけの札幌・ススキノのバーにいた探偵(大泉洋)と相棒の高田(松田龍平)は、コンドウキョウコという女からの依頼の電話を受けて早速行動を開始。しかし、何者かに連れ去られ、雪に埋められてしまうという事態に。

 

 報復しようと立ち上がった2人の前に、謎の美女・沙織(小雪)と実業家・霧島(西田敏行)という人物、そして四つの殺人事件が浮かび上がり……。

 
 
 原作「バーにかかってきた電話」を
「探偵はBAR
にいる」としたセンス、そして、探偵役の大泉洋、相棒に松田龍平、ヒロインは小雪、舞台は雪のススキノ。これは気になる!
 
 
 期待を裏切らない快作でした。細かい(いや大きなー笑)突っ込みどころはいっぱいあるのですが、キャスト、スタッフが楽しんで乗りまくって作っている、その躍動感がいいテンポになって、素直に楽しめました。大泉洋さんは、もちろんはまり役で体を張った熱演(でも、とぼけた味わいを生かした肩の力の抜け方がいい)。悪役の高島政伸もいい(あっさり死ぬのはもったいない)。
 
 日本映画も、こんなお洒落なハードボイルドができるようになったんだなあ、としみじみうれしく頼もしく思いました。
 
 2作品連続で見て、どっと疲れて、帰宅して寝込んでしまいました(苦笑)。
 
 
2011年10月17日
 
「 子を連れて西へ西へと逃げてゆく 愚かな母と言うならば言え 」 俵 万智
 
 震災後、この歌が発表されて、賛否両論、抗議も殺到、俵さんは落ち込んだようですが、なんでやろ?幼い子を抱えた母として当然の思い、行動を詠っただけでしょう。無条件に、安全だ、とか、逃げるのは卑怯だ、という発想の方が怖い。
 
 私は年だから?平気で東北の物産も好んで口にしたいと思うけれど(当面は酒も東北のものしか飲まない)、若い人や、幼い子を持つ親が不安を感じるのは当たり前。私が俵さんの立場ならそうしたと思います。俵さんも、歌った以上、自信を持って胸を張ってほしい。
 
 タイの大洪水。知人(友人の旦那さん)が仕事で単身赴任している。大丈夫?と訊くと、高台に住んでいるから無事とのこと。水を被る低湿地に住んで、被害に遭っているのはやはり低所得層の人々なのですって。ここも格差社会。なんだかなあ・・・。
 
 
 津波シェルターがすごい人気、売れ行きとか。黄色、球形、4人乗りで、直径1,2メートル、重さ、70キロほど。
2階建ての家屋倒壊にも耐えられるそうです
。28万8千円だそうです。水門や港に置いておくのもいいかも。
 
 夫婦一緒の誕生日というラッキーさから、この数年、上の息子の(勤務する)ホテルでの一泊が息子たちからの誕生祝ということになっています。今年は雨でしたが、高層のラウンジから眺める雨に煙る大阪駅近辺のビル群も風情あり。この一年で息子たちがそれぞれ結婚(それぞれのお嫁さんが働いていることもあって、収入アップ?)、今年はグレードアップ、最上階の部屋でした。これって、これ以上はないよ、ということかな?(笑)。
 
 例によって、34階のクラブラウンジで食べて飲みまくり、結婚パーティ以来、より馴染みになったスタッフからもケーキやビールの差し入れを頂き、感激でした。
 
 こんな幸福感の中で、
いつも「こんないいことばかり続くはずはない、次こそ悪いことが起きるんじゃないか」という不安感が襲ってきます。われながら貧乏性です(苦笑)。
 
 雨の上がった日曜日。ガールフレンド2人(残念60代)と青山高原へ。青空と少し色付き始めた山々、薄の原・・・温泉はつるつるした泉質、人は少なく、風呂は広く、露天風呂も気持ちいい。「風のガーデン」の造園作家の講演会もやっていました。ラベンダー、サルビアが咲き乱れて美しく、種々のハーブもいい香り。駅からの送迎バスありで、昼食、入浴、ハーブ園などを入れて4500円というのはお得だと思いました。
 
最近読んだ本
 
「 仲蔵狂乱」 松井 今朝子
 
 作者お得意の江戸歌舞伎もの。孤児から千両役者に上り詰めた男の一代記。歌舞伎の舞台の「忠臣蔵」の異色の人気悪役、「定九郎」(出てきてすぐに人を殺し、そして撃たれて死んでしまう)の造形は仲蔵がやったことは知っていましたが、それまでの過程は知らなかった。
 心身の屈辱と傷を負っても、人の好さを失わず、生きてゆく仲蔵の姿はある面、痛ましい。訓練で気絶するまで同じ振付を踊り続けて、やっと踊りというものが身に付くところは読ませどころです。
 
「なぜかいい旅一泊旅行」 池内 紀(おさむ)
 
「斜里町」「上川町」「岩内町」・・・ドイツ文学者が、全国の小さな町を巡るリポート。
 
  北海道、岩内町のひとけのない美術館。木田金次郎の絵の数々。岩内の漁師の家に生まれ、画家を志して上京するも、2年で帰郷、漁師になる。北海道に牧場を持つ有島武郎と知り合い、大正6年、彼に送った木田の手紙から「生まれ出ずる悩み」のモデルとなり、その手紙も作中でそのまま使われる。しかし大正12年、有島は心中自殺。これを機に、木田は漁師をやめて絵に没頭する。そして30年、やっと認められ始めた時(昭和28年)に、岩内大火災、描き溜めた千五百余点の絵を失う。
 しかし、めげない。その火事の光景から啓示を得て、それからの20年間で名作を残してゆく・・・。
 
 愛知、渥美町、伊良湖崎を訪れて。
 
 芭蕉の「 鷹ひとつ見つけてうれし伊良湖崎 」は知られた句ですが、これは芭蕉が愛した若き門人、尾張の米屋でもあった、杜国(とこく)が罪を受け、家財没収の上、所払いになったその隠棲地を、事件の2年後に訪ねた時のものらしい。「鷹」は悲運俊英の愛弟子でもあったのですね。知らなかった。この旅「笈の小文」では「杜国」ではなく「野仁」となっています。
 
ふと立ち寄る地方都市にも深い歴史、すごい人物がいる(いた)。この光文社新書、シリーズにしてほしい。
 
「 大作家ろくでなし列伝 」 福田 和也
 
 第1位はおそらくドストエフスキー。「もしも、彼が、あなたの隣に引っ越してきたら、すぐに引っ越すべきだし、職場にいたなら退職すべきだ。周りの人間を破壊する、巨大な負の力を彼は持っていた」。納得です(苦笑)。
 
 ヘミングウェイ・・・ニヒリズムに陥らない工夫はある。5つのものを求めればいい。すなわち、よい女、よき友、よい思い出、よい本、よい酒。ヘミングウェイはこの5つにもっとも通暁した作家だった。でも、彼は戦時の作家だった。平和は似合わない。いや、むしろ、戦争を追い求めていた。これもよくわかる気がします。
 
「 ザ・プラザ 」 ウォード・モアハウスV
 
 息子の勤務するホテルのサービスに感動してたら、とんでもない。世の中にはすごいホテルがあるものです。百年余の歴史を誇るニューヨークのランドマーク。何度も倒産、身売りの危機に瀕しながら、常に上客を離さず、新しいスポンサーを掴み、生き抜いてきました。
 
 かつてはホテルの地下3階に鉄道を引き込む。次々斬新な催しやナイトクラブ、レストランを開いて閉じてゆく。すごいのは、牛や馬、はてはライオンまで持ち込む客たち。でも、ホテルマンは慌てず、飼育係の付添?を要求。客もこれに応える・・・。
 
 有名なガラス天井のテラスが、今の吊天井に替わったのは、二人の支配人が飛び降り自殺して、ガラス天井をブチ抜いたから・・・二人というのがすごい。で、今は元のガラスに戻すプランがあるそうです。
 
「 Living Well is the Best Revenge
」    カルヴィン・トムキンズ
 
 ジャズエイジを語る上でのバイブルといわれる書が文庫本になったので初めて読みました。伝説のジェラルドとセーラのマーフィ夫妻の生活を描きながら、実は夫妻と深い交流があったスコットとゼルダ(マーフィ夫妻にさんざん迷惑もかけたうえで、夫妻をモデルにした作品を書いている)フィッツジェラルド夫妻を描き、さらにピカソ、コール・ポーター、イサドラ・ダンカンなどの豪華絢爛、多彩な人物も登場。興味は尽きません。
 
 でも、欧米の二十世紀初頭の動きとマーフィ夫妻の経歴が常識として前提にあるので、そのあたりに昏い私にはわかりづらい点も多々あり。
 
 禁酒法が進むアメリカを逃れてフランスへ。そして南フランスの海岸を保養地として発見、文化人たちが集まってくる。とにかく人が集まる人徳と、芸術的センス(舞台美術家、現代画家としても活躍)。
 
 金と容姿と才能に恵まれた人生。でも「優雅な人生が最高の復讐」って何?誰に?ここでは語られていないけれど、おそらく愛する子供たちの死を含む「苛酷な運命」に対するものなのでしょう。どんな悲しみの中にあっても、明るく優雅な、人々を魅了する生活を続けた。それはフィッツジェラルドの「夜はやさし」に描かれて残っています。
 
 
2011年10月13日
 
「 秋風や 白木の弓に 弦(つる)張らむ 」 去来
 
 好きな句です。涼しい秋風と共に、夏に弛んだ心身を、弓道ならぬテニスで引き締めたいと思います。思いますが・・・(苦笑)。「秋風」と「白」は中国古来からの取り合わせです。
 
 コルセットと痛み止めが効いて腰痛がおさまったので、安心して医者に言われた通り運動したまではよかったのですが、ついでに、薬(胃にこたえるのです)を飲むのをさぼったら、てきめんに痛みが復活。仕事を終えて、即帰宅。おとなしくしています(苦笑)。
 
最近見たテレビ番組から
 
 ナダルとジョコビッチ、男子テニス界の頂点にいる二人のそれぞれのドキュメント、面白かったです。
 
 特にナダル。スペイン、マジョルカ島の出身で、今もそこに住む。故郷と家族を愛し、ガールフレンドも14歳からの付き合い。驚いたのは厳しい練習。あれだけの選手が、コーチから初心者の中学生のようにボロクソに言われている。
 
 理由は、コーチが幼い時か指導を受けている実の叔父(父親の弟)だから。叔父さんも元スペイン代表レベルのテニス選手。引退後はナダルの父と会社を共同経営、それが成功しているので、ナダルのコーチについて以来、一度も報酬を貰っていない。だから、遠慮なく思い切った叱責もできるのだ・・・。もし、他の選手のように有名コーチを金で雇ってこんな厳しい指導を受けたら、絶対クビにしている、とナダルも笑っていました。
 
 父のオフィスにある専属のジムで体を鍛え、休日は家族や幼馴染の友人たちと飲みかわす恵まれた環境が、2年前の両親の離婚と膝の故障で暗転、それからのリハビリと復活、見ごたえありました。
 
 ジョコビッチも、故国セルビアの内乱という悲劇から、また、フェデラー、ナダルという大きな壁に跳ね返されつつ、それを超えてきた意志と努力がすごいと思います。現在世界ランキング1位。
 
ゆく人
 
柳ジョージさん  ロック歌手 63才
 
 「雨に泣いてる…」「FENCEの向こうのアメリカ」などのヒットで知られるロック歌手、柳ジョージさんが病気のため12日に死去していたことが13日、分かった。63歳だった。ブルース調の独特のしゃがれた歌声で幅広い世代を魅了。伝説のグループ「柳ジョージ&レイニーウッド」を率いて一世を風靡し、俳優、高倉健(80)ら芸能界にもファンが多かった。
 
 あの健さんが、ディナーショーに花束を持って訪れたんだって・・・。お酒の飲みすぎが死因のひとつと言われています。63才はあまりに若い!ショック。
 
 
斎藤憐(さいとう・れん)さん   劇作家 肺炎 70才

 平壌生まれ。早稲田大学を中退して俳優座養成所に入り、1966年に串田和美、吉田日出子さんらと劇団自由劇場を結成した。79年初演の代表作「上海バンスキング」は岸田國士戯曲賞を受賞、昨年まで何度も再演され、深作欣二監督らにより2度映画化された。

 「カナリア」で97年に菊田一夫演劇賞、「春、忍び難きを」で2006年に鶴屋南北戯曲賞を受賞。09年に開場した東京・杉並区の劇場「座・高円寺」館長に就任し、地元密着型の劇場作りにも尽力した。
 
 「上海バンスキング」は大好きな舞台でした。六本木にあった狭い自由劇場でぎゅうぎゅう詰めで、間近に吉田日出子さん(現在、療養中とか)の演技が見られたのはラッキーでした。30年前の話です。出演者が生でジャズを演奏する。笹野高史さん(トランペットを担当)が演じる「バクマツ」も秀逸でした。
 
 最近印象に残った言葉
 
岸 惠子さん インタビューに答えて
 
 横浜大空襲で、子供は防空壕に入れ、と言われたが、こんな暗い穴の中で死ぬのはイヤ、と無我夢中で山手公園に逃げ、木に登る。素直に防空壕に入った子供たちは死んでしまった。「今日で子供はやめようと思った」12歳。
 
 映画女優から結婚してフランスへ、やがて離婚、ルポライター、エッセイスト、そして小説家へ。「見てしまった人間は、見なかった前に戻ることはできない」。イスラム世界を取材し、ユダヤ問題を取り上げ、アフリカ、東欧にも苛酷な取材を敢行する。
 
 「ポコッと死ぬのも、ダラダラ死ぬのもイヤね。できるなら余命半年とか教えてほしいですね。人間がどう生まれるかはその人の責任ではないけれど、どう生きてどう死ぬかはその人の力量だと思います。私は死とはこういうものかと見つめながら死にたいわね」
 
 同感ですが、思い通りにゆかないのが「死に方」です。最近は「ポコッと(できたらテニスコートで)」もいいなと思っていますが、これはもっと難しい・・・(苦笑)。
 
南 果歩さんとの  対談で 林真理子さんが
 
 ご主人の渡辺謙さんが「うちの妻はティンカーベルみたいなんですよ。僕が出かけるときに、耳元で金色の粉をぱっとまいて励ましてくれるんです」とおっしゃって・・・
 
林さんが羨ましがること・・・。渡辺さんも、南さん(前夫は辻仁成さん)も再婚同士。うまくいってるみたいです。
 
 
2011年10月10日
 
「 柿食ふや 命あまさず 生きよの語 」  石田 波郷
 
故郷の先輩、正岡子規の句や生き方を踏まえているのでしょう。
 
行く人
 
 
中村芝翫(なかむら・しかん)さん  肝不全 83歳

 東京生まれ。祖父、五代目中村歌右衛門、父、五代目中村福助と続く女形の名門、成駒屋の跡取りとして生まれたが33年に5歳で父と死別。同年に四代目児太郎を名のって初舞台を踏んだ。40年に祖父が没し、六代目尾上菊五郎に師事した。41年に七代目福助、67年に七代目芝翫を襲名。

 六代目歌右衛門、七代目尾上梅幸に次ぐ女形として頭角を現し、2人の没後は、中村雀右衛門さんと共に現代女形を代表する存在となった。

 演技はきめ細やか。時代物、世話物の両方に優れた技量を持ち、舞踊の名手であり中村流家元もつとめる。得意な役は「伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)」の政岡、「合邦」の玉手御前、「野崎村」のお光、「鏡山」のお初、「忠臣蔵九段目」の戸無瀬、「助六」の揚巻、「金閣寺」の雪姫、「吉野川」の定高、舞踊では六代目菊五郎譲りの「京鹿子娘道成寺(きょうかのこむすめどうじょうじ)」、「鏡獅子」など。

 89年に紫綬褒章、芸術院会員、96年に人間国宝に認定、2006年に文化功労者。08年より日本俳優協会会長。長男の福助さん、次男の橋之助さんは歌舞伎俳優、長女の梅彌さんは舞踊家として活躍。次女の好江さんは中村勘三郎さんの妻。
 
 
 体調がお悪いとは聞いていましたが、今朝のニュースにびっくり。先月、9月の公演で初日だけ淀君を演じて降板。最後まで現役でした。
 
 本来なら歌右衛門も襲名できる家柄だったけれど、彼も5才で父を失い、後ろ盾を失くしたことと、叔父さんの六代目歌右衛門が活躍、君臨したことがその機を失わせました。ただ、六代目には実子がいなかったので、今後、芝翫さんの長男、福助さんに七代目襲名のチャンスがあります。福助さんはいい女形ですが、今年「隠し子騒動」で話題になったばかり。時間を於いて、数年後の新しい歌舞伎座の開場に合わせて、大きなイベントがあるかもしれません。
 
 芝翫さんには、10年ほど前に、顔見世観劇の後、祇園でお会いしたことがあります。その時、このHPにも書きましたが、年一度行く小料理屋で飲んでいたら、舞台を終えたばかりの足で来店されたのです。その店がお馴染みとは女将さんから聞いていたけれど、まさかの出会いに感激、握手してもらいました。舞台を上回る立ち居振る舞いが美しい上品な紳士でした。
 
 その時、同伴された美しい奥様にまで握手してもらった厚かましい友人が今、病の床に。今日訪れた自宅では、ベッドに寝たきり。目の力は前より落ちていましたが、奥さんから聞いていた話より元気で新聞も本も読んでいる様子でした。でも、これはわれわれの訪問を意識した彼のパフォーマンスだったのかもしれません。歌舞伎や、中国古代史の話などして、じゃあまた、と言って別れる。
 
 今週、再検査があって、本人が意欲を見せている抗がん剤の治療を再度始めるか、奥さんが考えているホスピスを選ぶか、分岐点です。
 
最近読んだ本から印象に残った言葉
 
「セイフティボックス」  山田 詠美
 
「 マンハッタンにはいろんな人種がたくさんいて、オリエンタルとひとくちに言っても中国人も韓国人も日本人もいる。だけど、なぜか、日本人ってひと目で解っちゃう。だって猫背なんだもおん。格好は、とてもファッショナブルで、絶対すすんでいるのに、すごおく目つきがおどおどしているし、だいたいグループでかたまっている。よくいえば、控え目でつつましいんだけれど、ふてぶてしさが足りな過ぎるのだ。もう少し、SO WHATのノリがあるといいのになあ、なあんて私は思う。」
 
 確かに。中国へ行っても、われわれ日本人って、おとなしいというか、押しが弱いと感じました。ラッシュなどでの迫力が違います(苦笑)。譲り合うやさしさは美徳とも思いますが、胸を張って、個人で立つ強さも必要なのでしょう。
 
 
2011年10月9日
 
「 十三夜 屋台の裏を 明るくす 」  星川 木葛子
 
 昨夜は十二夜(シェークズピアの『十二夜』、明るくて好きです)。今日は「寒露」、そして今夜は「後の月」。樋口一葉の『十三夜』は、美しさを見込まれ、裕福な家に嫁いだが、夫や婚家で冷たくあしらわれ、我慢できずに実家に帰って来た主人公が、両親にかき口説かれて、泣く泣く引き返してゆくという切ない話だったと思います。
 
 今日も秋晴れ。しっかりコルセットで武装して?友人と奥明日香へ出かけました。石舞台よりさらに奥、栢森(かやのもり)の集落。ここにある古民家を再生した食堂「さらら」(名前は持統天皇の幼名から)。かつて、新聞でみたことがあって、予約してゆきました。飛鳥駅はハイキング客でいっぱい。
 
 友人(80才)に配慮して壺坂タクシーを利用。石舞台を廻るのかと思ったら、農免道路が出来ていて、黄金の稲田が美しい明日香の田園地帯を横断、「朝風峠」という見晴しのよいところ(畝傍、二上山が一望)を超えるときれいな棚田が現れる。ここは「日本棚田100選」に選ばれていて、ちょうど「案山子祭り」で、あぜ道にはたくさんの人が歩きつつ、各田にある案山子を採点している。そこから「稲淵」の集落です。
 村を流れる「飛鳥川(この川の表記は飛鳥」)には、村の入り口には「男綱」、出口には「女綱」とそれぞれのシンボルを形作った藁で編んだ綱が渡されています。
 
 その次の集落が「栢森」(更に奥に「入谷ーにゅうだに」ーこの三つの集落が奥明日香)。深い里山と棚田に囲まれた、いかにも落ちいた清閑な環境。その中ほどの家屋。タクシーの運転手さんも見過ごしてスルーしてしまったさりげないたたずまい。田舎育ちの私には見慣れた風情でしたが、続々やってきた、座敷に10組の客はもの珍しそう。隣の席の人は東京からだそうです。なんでも「人生の楽園」というテレビ番組でみたそうです。山菜中心の「さらら膳」(2000円)と地酒ですっかりいい気分に。
 
 なにより、集落を流れる飛鳥川の清流がすばらしい。小さな滝や深い淵がふんだんにある。豊かな水が家のすぐ傍らを流れる生活の豊かさが胸にじんときます(私の田舎の川は水量が少ない)。
 
 帰りはぶらぶら稲淵まで30分ほど歩いて、勧請橋でタクシーに来てもらう。畝傍山の麓に住む友人も、ここは知らなかった、と大満足の半日でした。
 
 癌が肺から腰椎に転移し、闘病中の友人の奥さんから電話。一旦、治療が終わって帰宅、在宅介護に切り替えているが、右足も動かなくなった。導尿も始めた・・・。
昨日、食事の時に、「ーさんたちに会う?」と訊いたら、「会う」と答えたので、来てほしいとのこと。
 
 先日の病院の見舞いが最後と覚悟していました。彼の美学に反するのじゃないかと、迷ったのですが、参ります、と答えてしまいました。
 
 奥さんも「これが最後と思いますので」とおっしゃる。明日、行ってきます。
 
 
2011年10月8日
 
「 とんびではあらず 確かに 秋の鷹 」
 
読売俳壇より  本庄市 吉田さん
 
本庄市は埼玉県北西部、人口8万の町。歴史ある宿場町で、明治時代にはこの町への遷都計画があったそうです。とんびと違う鷹の動きの鋭さ。本庄の秋空は高いことでしょう。
 
 朝、7時前から地車のお囃子と掛け声が聞こえてくる。秋祭り当日。晴天です。
 
 友人の田は今日、稲刈り。故郷の家も。でも、この腰では役に立ちませんので、今週の帰省は諦めました。
 
 「あべのハルカス」は現在120メートルあまり(完成時は300メートル)とのことです。こんな大工事なのに、ネックとなっているのは工事用トラックの進入方法。ご存知の通り、東は近鉄線路、南は狭い一方通行の道路、西は込み合う阿倍野筋、結局北側の通りから、トラック個々に時間指定して、数分刻みで入れるのだそうです。すごいなあ。
 
 大きな課題だった腰痛が小康状態なので、気になるのは健康診断。長生きしたいとは思わないが、生きている間は元気でいたい。どこの市でもあるのでしょうが、わが町でも40歳以上は年一回、無料の癌検診が受けられます。でも、今までは忙しくて、知っていても仕事を休んで受検する心身の余裕がありませんでした。
 
 今年から受けよう。職場の集団検診から半年後をめどに申し込むことにしました。これで年2回の受診ができます。越路吹雪さんは、いつもやっていた年2回の受診を、舞台の都合でキャンセルしたその1回で、胃癌を見逃すことになったそうです。市の保健センターに電話したら、いろいろ他の検診も教えてくれました。
 
 いくら勧めても、そのうちに、と言って受診しなかった婦人科検診も、嫁ハンのスケジュールの隙間を調べて申し込む。これも無料です。市民税も払っているのだから、以前からどんどん利用すべきでした。
 
最近見た映像
 
「 テンプテーション 」
 
 2004年宝塚歌劇宙組公演。和央ようかさんと花總まりさんのトップコンビの絶頂期。本当に美しいコンビでした。歴代踊り継がれてきたデュエット「熱愛のボレロ」のシーンもきれいでしたが、個人的に好きだったのは、ベトナムを舞台にしたショートストーリー。引き裂かれた恋人たち。男は女を連れて逃げるが、やがて見つかり女は連れ戻されてしまう、そして15年、町角で巡り合うふたり。
「伊勢物語」の「芥川」を思わせる話です。
 
 白い蓮の花が咲く廻り舞台で、白いコスチュームのふたりが歌い舞うシーンは主題歌と共に新しい伝説となりました。ラインダンスもたっぷり、大階段での黒い燕尾服での群舞、華やかなパレードと宝塚レビューの王道を行く舞台でした。
 
 それにしても、2番手の水夏希さん、3番手の若手大和悠河さん(女役も2場面こなして大活躍)、すべてこの後、トップになってすでに退団しているのです。
 しみじみ時間の流れを感じます。
 
ゆく人
 
 花村菊江さん 73歳 歌手 、くも膜下出血

 1956年デビュー、60年の「潮来花嫁さん」がヒットした。NHK紅白歌合戦に2回出場し、映画やテレビドラマでも活躍した。6月に茨城県潮来市で慈善公演を開催するなど最近まで歌手活動を続けていた。
 
「潮来花嫁さん」なぜかフルコーラス歌えます。思えば、あのころはヒット曲の寿命が長かった。
 
スティーブ・ジョブズ氏 56歳   すい臓がん
 
アップルの創業者スティーブ・ジョブズ氏が死去した。56歳だった。ジョブズ氏は体調不良から今年8月にCEO職を辞任していた。

アップルは英語版のウェブサイトのトップページにジョブズ氏の写真を載せ、「アップルは明確なビジョンと創造性を持った天才を失い、そして世界は素晴らしい人を失いました」と弔意を述べた。

 ジョブズ氏は1976年にアップルを共同創業し、パーソナルコンピューターの「マッキントッシュ」などを発売してアップルを世界的な企業にした。社内的な対立から85年に退社した後は、マイクロソフトのウィンドウズOSに押されるなどして、同社のパソコンのシェアは3%程度まで落ち込んだ。だが2000年にCEOに復帰すると、携帯音楽プレーヤーiPodの発売で巻き返しを図り、パーソナルコンピューターの可能性に新たな道を開いた。

ジョブズ氏は2004年にすい臓がんが発覚したが、休養の後、復帰していた。
 
 アメリカのニュースで、あるキャスターが「現代のエジソンでディズニーでダビンチだった」と称えていましたが、56才はまだまだ若いです。
 
竹脇無我さん告別式も行われました。
 
 
 浜田光夫さんが老けていたのにびっくり。あの青春スターが・・・。でも、吉永小百合さんや、松原千恵子さんは若く美しい。画面を見つつ、ため息をついていたら、嫁ハンが傍から、そりゃ、女優さんは手間とお金の掛け方がちがうのよ、とぴしゃり。
 
 
2011年10月7日
 
「 加藤茶は 我と同年 うらやまし 我は老母の 自宅介護ぞ 
 
読売歌壇から  三重県 山本さん
 
「うらやまし」と嘆じつつ、悲壮感はなく、明るいタッチの歌いぶりにまだまだパワーを感じます。がんばれ!
 
 大阪の教育について、教育委員と知事との討論。維新の会が唱える教育改革の問題点を挙げる教育委員に対し、知事は「対案を出せ」「維新の会は選挙で選ばれた、この案は民意なのだ」と言い募り、2時間半の激論は平行線のまま。
 
「時のトップが教育にかかわるのは当然」と知事は言うが、そうなると選挙の度にころころと教育方針が変わることになる。そもそも政治が安易に教育に介入することは禁じられているはずです。
 
 大阪市、大阪府共に大変な政治の秋を迎えます。独自候補などと言っていないで、ここは「反維新の会」でまとまらなければとんでもないことになるのではないでしょうか。
 
 整骨院に通っていますが、最近感じるのは、かなりの人が痛みを強く訴えること。「板井!痛い!」「止めて!死ぬ!」「ムリ!(なにが?)」・・・。年齢4、性別関係なし(若い女性も多い)。恥ずかしげもなく、声も大きく、院内(ベッドが6つ)は喧しい。
 
 治療スタッフもしょっちゅう「強くありませんか?」「痛くありませんか?」と訊いてくれる。
 
 怪我、病気の治療に痛みは当然付きもの。我慢するのが普通という感覚の環境の中で育ってきたので、何か違和感を感じて来ました。
 
 腰痛がおさまらないのを心配してくれた腰痛持ちの同僚が、自分の通っているクリニックを紹介、担当医師に電話をしてくれました。そして、「今夜MRIが空くらしい、いらっしゃいと言ってくれています」、その言葉に乗ることにしました。「麻酔科」、「ペインクリニック」と聞いて、それまで形成外科だったので、ちょっと迷ったのですが、とにかく出かけました。
 
 
 今年2度目のMRI。前回は脳でしたが、今回は腰椎。午後7時から約25分の狭い箱の中。大きな音のバックに刻まれるリズムは阿波踊りの「よしこの」みたい。検査室から出て来たら、びっくり。医院を紹介してくれた同僚が心配して見に来てくれていたのです。そのあと、もうひとり、今日の検査を聞きつけた友人も来てくれて、結局、駅前の居酒屋で盛り上がる(笑
)。
 
 その前に30分に及ぶ丁寧な診断。先日見た肺がんが転移した友人の腰椎部とは全然違う写真ではありました。「椎間板ヘルニア」ともうひとつ、はっきりした病名をもらって安心。コルセットを締め、鎮痛剤を配合してもらいました。
 
 コルセットにも鎮痛剤にも抵抗はありましたが、使ってみれば気分良し。なにより痛みというストレスが消えたことの解放感があります。用心しながら使ってゆきたいと思います。とりあえず、2週間様子をみることに。
 
 それと、
私が使っていた重いリュックを見て、先生が、それは腰に負担が来るからいけません、と言わはる。これまで手に荷物を持ったら腰に負担になると思い込んでいました。早速、リュックをナップサックに替え、なんでも詰め込んでいた荷物を減らしました。
 
 
 新しく始まった朝ドラ「カーネーション」。丁寧な作りで、脚本もよくできていますが、なんといっても、めちゃ達者な子役の女の子が出色です。藤山直美さんのデビューの頃を思い出しました。
 
 
最近見た映画
 
「 アーサーとミニモイの不思議な国 」
 

原題: ARTHUR AND THE MINIMOYS/ARTHUR ET LES MINIMOYS

製作年度: 2006年

製作国・地域: フランス 上映時間: 104分

 

解説: 冒険好きな少年が家族の危機を救うため、体長2ミリのミニモイ族が暮らす“ミニモイの国”に旅するファンタジー・アドベンチャー。ごく普通の男の子が、数々の困難を知恵と機転で乗り越えていく様を生き生きと描写する。

 

 リュック・ベッソン監督が、実写と3Dアニメーションを見事に融合させ、幻想的で美しい独自の世界を作り上げた。主人公の男の子に、『チャーリーとチョコレート工場』のフレディ・ハイモアがふんするほか、マドンナやデヴィッド・ボウイら豪華キャストによる吹き替えも話題だ。

あらすじ: 好奇心旺盛な10歳の少年アーサー(フレディ・ハイモア)は、祖母(ミア・ファロー)の語る冒険家の祖父の昔話が大好きだった。ある日、4年前に突然疾走した祖父の屋敷が人手に渡ることになる。アーサーは祖父が昔、庭のどこかに埋めたルビーを借金の返済にあてようと、古い地図を頼りに宝探しを始めるが……。

 

  リュック・ベッソン監督、好きです。朝4時25分からでしたが、思わず見てしまいました。実写とアニメの融合もですが、脚本がうまく、ベースにアーサー王(主人公の名前です)の物語、そしてハリー・ポッターその他、古今のファンタジーへのオマージュを散りばめて楽しませてくれます。

 それにしても、その10代から見てきたミア・ファロー(3度の結婚相手が、フランク・シナトラ、アンドレ・プレヴィン、ウディ・アレンというのが凄い)がおばあちゃん役というのがまた切ないことでした(苦笑)。

 
2011年10月4日
 
「 お父さん 何処へ行ったと 見渡した あぁそうだった 父の葬儀だ 」
 
読売歌壇から 前橋市  長谷川さん
 
 いつもいるべき人がいない。そうだ、父は棺の中。そのユーモアの中の切ない喪失感。
 
 澄んだ秋の空気の中で、その花は見えなくても、どこからか匂ってくる金木犀の香。今年は、昨年と違って、きちんと季節が進行しているようです。とはいえ、まだ衣替えはしていません。ひよっとしてぶりかえすかもしれない暑さに備えて、半袖はまだまだ出番があるかも。
 
 涼しい風の吹くベランダ。夜空に半月。聞こえてくる祭囃子。こんな夜はベランダからすーと空へ飛んでゆけそうに思われて危険。つい、ベランダを乗り超えそうな誘惑に駆られます(苦笑)。もし、墜落死zしても、自殺と思わないでください。
 
 腰痛が依然尾を引いています。腰痛仲間?の同僚によると椎間板ヘルニアではないか、とのこと。面倒だけれど、もう一度検査を受けるつもりです。テニスもできない、そのストレス、運動不足と、痛みを誤魔化すために酒を飲むー体重が増える、ストレスが溜まるーこの悪循環を断ち切らなけば。
 
 退職して半年、いろいろ見直してきた我が家の「仕分け」。保険もそのひとつです。今後の発病、入院などにどう備えるか。
 
 故郷の家や、田畑のこと。やがてくるだろう相続、名義変更、税金問題など、考えておかなければならないことが山積。いろいろ勉強中ではあるのですが、なかなか・・・。
 
 そして、ホームページも見直し。
 
 読みたい本、見たい映画もいっぱいあるのに、時間が足りません!
 
 最近知ったこと
 
 江戸時代の大酒飲み大会ー杉浦日向子さんの「江戸塾」から
 
使われるのは「武蔵野」と呼ばれる大杯で、すすきと満月が描いてある。広い武蔵野ー野見尽くせぬー飲み尽くせぬーの洒落。1升以上入るらしいのですが、それを8杯半飲んだという優勝記録もあるそうですが、それはないでしょう。死にます!
 
 私が仲間と量を競ったのは、30代まで。今はちびちび長時間(!)飲み続けたい。
 
 武士も町人も参加でき、日本酒以外に、焼酎やウォツカもあったとか。なんでウォツカ?鎖国などと言ってもそこは抜け道があり、樺太で手に入れ、北前船(きたまえせん)で北海道、東北、下関を経て大阪へ、そして江戸というすごい経路。でも、安くて強い、と江戸の呑み助に人気があったそうです(笑)。
 
 
 江戸の長屋暮らしには三つのルールがあった
 
1、初対面の人に出身地や生国を訊かない
2、年齢を訊かない
3、家族について訊かない
 
 そんなことはご近所付き合いをするうちにいずれわかってくるさ・・・助け合いつつ、余計な干渉をしない、互いに遠慮と節度があった・・・今でいう「距離感」ですね。学ぶべき点です。
 
 シンボリルドルフ死去  30歳 7冠馬だとか。競馬ファンには忘れられない名前でしょうね。
 
 
 
2011年10月2日
 
「 断捨離は 私の物より 夫(つま)の物 」
 
四国柳壇より  丸亀市 高木さん
 
どんどん捨ててゆくときは気持ちいいのですが、後で、早まった!と思うこともあります。でも慎重になれば、そこで減速してしまう。捨てるときは、勢いが大事です。
 
 毎晩、祭囃子が聞こえてきます。古市の町は、ずらりとご神灯が上げられて、夜は殊にきれいです。2日は地車の試験曳きでした。
 
 書きたいことがいっぱいあって、意を尽くせず、質問やご意見をいただくこと多し。感謝と反省をするのですが、この場で再度採り上げることは稀です。立ち止まることも大事なのに、次へと行ってしまう・・・気を付けなければ。
 
 大阪の教育問題にも反響をいただきました。私の「教育は国の柱」という言葉に「だから学校教育を、自分の理想とする?方向に向かわせようとする人間が生まれる」というご指摘をいただきました。学校教育を重く考えすぎてもいけない・・・確かにそうだけれど、私は「教育は学校でやるもの」という社会全体の思いも問題と思います。
 
 教育の3本柱は家庭教育、社会教育、そして学校教育。それぞれが押し付け合いをせず、介入を許さず、がんばらねばならないのですが・・・難しい。
 
 香川照之さんの歌舞伎デビューにいろんな思いがあって、あれこれ書いてしまったのですが、週末のワイドショーでかなり採り上げているようでしたね。松竹は喜んでいるでしょう。来年の襲名興行、大入り確実です。
 
 これにも、香川さんは歌舞伎で通用するのか、それほど伝統にこだわるのはなぜ?というご意見・ご質問もありました。
 
 香川さんは歌舞伎で通用しはると思います。思い切った改革は無理かもしれません。まず、基本を身につけることからでしょうから。浄瑠璃や踊り、所作はなかなかでしょうが、いままで培った演技力は活きます。
 笹野高史さんが、勘三郎さんと歌舞伎の舞台で共演、見事にこなしています。時代物はともかく世話物はいけると思います。それに彼には、映像の世界で活躍しつつも、2歳で引き離された歌舞伎の世界へのあこがれがあったと思うのです。
 
 そして、なにより、息子さん(7歳)のこと。歌舞伎役者のDNAを引き継いでいるとしたら、修行を始めるのに、ぎりぎりのタイミングなのです。これから一流の指導者について、歌舞伎に必要なあらゆる習い事をする、それが数十年後に花開くかどうか・・・それはだれにもわかりませんが、可能性はあると思います。きれいで、利発そうな顔付きの少年でした。彼が21世紀後半の歌舞伎界を変えてくれるかもしれません。
 
 わずか100年余(祖母が明治の末から教師をしていました)でも、故郷ではわが家は「教師の家」などと言われます。プレッシャーもありました。何百年も続く歌舞伎の家の重み、呪縛はいかばかりか。飛躍しますが、もっと続いてきた、引き継がれてきた農業、畑、田、そして祭りは・・・?
 
今日、知った言葉ーNHKスペシャルから
 
「正常性バイアス」危険であるのに、安全と思い込もうとする心理
「愛他行動」 自分の身を顧みず、他人を助けようと思い行動すること
「同調バイアス」 周囲の人と同じ行動をとれば安心と思う進路
 
これらが犠牲者をより増やしていったという分析。この教訓を今後どう生かすかですね。
 
 
2011年10月1日
 
「 鏡よかがみ これが真実 シワの数 」
 
四国柳壇より   坂出市  三日月さん
 
 きれいに磨かれた鏡もそうですが、白内障の手術をした母が、術後、鏡を見てショックを受けていたことを思い出しました(苦笑)。
 
 シワだけでなく、シミも増えてゆきます。この間、風呂上りに鏡を見て愕然。それから嫁ハンのクリームを時々こっそり塗っています(内緒ー笑)。
 
 10月に入ってそろそろ鴨がやってくることでしょうか。このころに花を紅く染めるので、葉鶏頭を「雁来紅(がんらいこう)」とも呼ぶそうです。空も日に日に高く澄んできて、今日はうろこ雲がきれいでした。その中を渡ってゆく昼の眉月も。
 
 芸術の秋、友人の書道展に出かける。今回は「回生」とか「蘇生」とか、やはり震災を思わせる言葉が多かったです。それと近年、金子みすずさんの詩が多いのです。私はイマイチなのですが・・・(苦笑)。会場の一部でチャリティーで作品販売があるというので、それも楽しみだったのですが、ほしいと思った作品は売約済みだったり、私には高すぎたりして、とうとう買わず終いになってしまいました。
 
 朝ドラ「おひさま」が今日、終了。安曇野の風景に惹かれてたまに見ましたが、激動の昭和を生き抜いた割にはあまりに画面も明るく、きれいごとで、登場人物も善人ばかり。見ていて鼻白むことがありました。でも、今年のあまりに暗く厳しい世相の中では、一服の清涼剤、ファンタジーとして見ればよかったのですね。
 
 出演者もNHKらしいこれでもかという豪華な顔触れ。美女がいっぱい。今日の最終話の残り5分では、主人公の親友二人の現在の姿として、黒柳徹子さんと司葉子さんが登場するというおまけつきでした。それにしても、若い主演の二人もいい素材なのに、演技のしどころなし。別のドラマで、早く悪役などやった方がいいとお節介にも思ったことでした。
 
 最近印象に残った言葉
 
「 書いてしまえば書けないことが、書かないうちなら、書かれようとしているのだ 」 吉原幸子さんの詩の一節
 
きちんと書ききることは、本当に難しい。
 
「バケモノなんてこの世には存在しない。しかし、人の世は厳しく、生きてゆくことはあまりにもつらい。だから、バケモノは必要とされるし、そういう意味では彼らは確かに存在するのである」京極夏彦さん
 
 そうです。ハロウィンのお化けも、河童も、ネッシーも、広くとらえれば、サンタクロースもUHOも存在するのです。
 
香川照之さんと市川猿之助さん
 
 香川さんは市川中車(ちゅうしゃ)を襲名するのですね。ひいおじいちゃんの弟(大叔父でなくその上だからなんというのでしょう?)にあたる名優の名前ですが、私はこの人を子供のころに見ているのです(そんな年になったのですー苦笑)。映画「忠臣蔵」などで吉良上野介を演じて印象的でした。
 
 香川さんのお母さん、浜木綿子さんは、美しい宝塚の娘役。美声で有名(プリマドンナといわれた)でした。退団して東宝の舞台、そしてテレビで主演級の、そしてベテラン女優に。
 
 猿之助さんはお父さんを早く亡くして、、歌舞伎の世界では後ろ盾を失い、名門でありながら、出演機会にも役にも恵まれず、多くの父の代からの弟子を抱えて苦労します。その中で年上の美しい女優、浜さんと出会い、結婚し、香川さんが生まれます。
 
 その頃、歌舞伎界での生き方を模索していた猿之助さんが見出したのが、スーパー歌舞伎と呼ばれるケレン味をたぷり取り込んだ新しい歌舞伎の見せ方、そして新作、古典の発掘。それをバックアップしたのが藤間紫さんでした。
 
 猿之助さんの踊りの師でもある藤間勘十郎さんの若い未亡人で、舞踊家で魅力的な女優さん(猿之助さんの初恋の人であったともいうーもちろん浜さんよりもさらにずっと年上ー猿之助さんは年上好み?)。
 
 舞台の協力者は愛人に変わり、浜さんは2歳の香川さんを連れて家を出て離婚。歌舞伎の家にとってはなにより大事な息子を渡さなかったのは、年上の女優に夫を奪われた妻の最大の復讐か。
 
 そして猿之助さんは藤間紫さんと再婚。ふたりの共作ともいえる舞台は次々成功、歌舞伎界に新しい風を入れ、ファンを増やしてゆく。
 
 当時の歌舞伎は、中村歌右衛門を中心とする、家の芸を伝承し磨き、伝統を守ることに主眼をおいており、歌舞伎の芸術性を認めさせ、歌舞伎役者の立場を向上させることに力を尽くしていました。その結果が歌右衛門の文化勲章受賞、人間国宝認定へとつながったのですが、それに比例するように歌舞伎座の客は減っていました。わたしの学生時代で、当日券がたやすく手に入ったものです(私には値が高くて、いつも「一幕見」という天井桟敷での観劇でしたが)。
 
 その中で客を集めたのが、歌舞伎座以外で歌舞伎を演じていた猿之助(主に新橋演舞場)、玉三郎(主に国立劇場)だったのです。当然、松竹の役員や歌右衛門さんたち幹部俳優は面白くありません。玉三郎は立女形の不足や、一門はあっても(守田家は市川家ほど大所帯ではない)個人に近いといったこともあって、20数年かかって歌舞伎座に進出してゆきます。
 
 一方、猿之助さんは藤間さんとの結婚はしたものの、そのスキャンダルと一門を率いての興業が出来たこと、また、門下から市川右近さんなどの若手が育っていたこともあって、松竹は扱いにくく、ドル箱として重宝しつつ、ずっと歌舞伎座の中枢部には近づけず、傍系、異端の扱いをしていたのです。
 
 近年、これだけ人気と実力をつけてきた、市川亀次郎さん(猿之助さんの弟である段四郎さんの息子ー甥ですね)が昨年の歌舞伎座のサヨナラ公演に出られなかったのも象徴的です。
 
 浜さんのもとで、歌舞伎とは縁なく成長、大学(東大ー話題になりました)を卒業した香川さんは、父の猿之助さんに会いにゆきますが、会えなかったそうです。猿之助さんとしては、藤間さんへの気遣いがあったのでしょうか。そのときの互いの気持ちは・・・。
 
 やがて香川さんは俳優の道へ。遅いデビューでしたが、しっかり力をつけ、20余年を経て、今や超売れっ子の実力派俳優。そして、猿之助さんは脳梗塞に倒れ、藤間さんも世を去る。近年やっと香川さんと猿之助さんが、40年の時間を経て歩み寄るのですが、そこには藤間さんの計らいがあったそうです。
 
 そして、香川さんの息子さんの誕生と成長が。
 
 「この船に乗らなければ」という記者会見での香川さんの言葉、わかります。自分の中にある役者の、それも歌舞伎の血、そしてそれを受け継いでいるかもしれない息子の将来。そして、父、猿之助さんの思い。
 
 遅い船出ですが、精進されることでしょう。そしてお父さんのように歌舞伎を活性化する人材になるかもしれない。7歳の息子さんが団子(だんこー猿之助の幼名)を襲名することは、将来の猿之助の可能性を示し、甥の亀次郎さんはそのためにあえて、それまでのリリーフを引き受けたのでしょう。
 
 歌舞伎界にとっても、新しい歌舞伎座ができるまでの話題の繋ぎ(中村勘太郎の勘九郎襲名がありますが)としても、慶事にはちがいありません。
 
 もちろん人の命はわかりません。香川さんとその息子さんのこれからもわかりません。でも、とにかく、猿之助さんはこれまで生き延びてよかったと思っていることでしょう。この春から香川さんの一家と同居しているそうです。
 
 浜さん(ひとり暮らし?)の胸のうちを思います。そして、一時、猿之助の後継者といわれた市川右近さん(彼も玉三郎さんと同じく歌舞伎と関係ない家の出身です)はどうなるのでしょう。
 
 ドラマよりドラマチックなこの人間模様。いつかドラマになることがあるのでしょうか。
 




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